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オバチャンのバイタリティある旅路

先日のお伊勢参りではとかく団体観光客が多かった。次々にバスが到着しゾロゾロとツアー団体のかたまりがそこかしで形成されていた。
門前通りの人出はあふれこぼれんばかりで、多くの女性、ことにバスツアーで参拝したであろう年配のご婦人方があちらの土産こちらの名産にドドッスタタッと歩み寄り、味見し評価し品定めしを繰り返す様は精力的で、もはや感心させられた。
あら、これ美味しそうじゃない?でもこっちも美味しそうよぉ、私はあっちの方が気になるわー、あらあなたそれ買うの?ねえちょっとあそこのあれもステキよぉ、なんて感じでお友達らと話しつつご家族やご近所への土産を吟味するご婦人方はなんともエネルギッシュに見えて、そういう方向への意欲が薄いワタシは圧倒されるばかりだった。
(参拝の作法の心得がいまひとつのワタシら程度の庶民に天照大神さまはきっと、愚民はしょうがないわねぇ、なんつって見逃してくれるだろーよ、なんてよくわからん妄想をするような方向には意欲的なワタシなのだが)
そういえば帰省の際の高速道路のサービスエリアでも精力的に土産物を選び買う人々、ことご婦人方からはなんかようわからんパワーが放電されているかのごとく感じられ、ワタシはてんでさっぱりだがうちの相方はなんか土産物名産物が大好きでそういう場では妙に元気なのだがそれも団体のご婦人方のパワーには敵わない。
オバチャンは旅先でとんでもなく元気な人が多い、とつくづく思う。


田辺聖子『姥ざかり花の旅笠ー小田宅子の「東路日記」』は、江戸天保の頃、筑前の商家の奥さん方がお伊勢参りに旅立ち、足を延ばして善光寺、日光、江戸見物から復路東海道、京・大坂、と海路陸路、関所抜けの難関山道をたくましく意欲的に半年近く旅した旅行記で、おせいさんが当時の情勢、風俗等を多くの他文献や取材、調査、考察から、旅行記の進行とともに解説しかつ私見感想を加えたものである。

書き手の小田宅子は俳優高倉健の5代前のご先祖さまで、なかなかに裕福な商家の奥さん、現代で言うならセレブとは言わないが中の上のお家の奥さんだったらしく、家業を切り盛りし家内も立派に切り盛りし地元の歌壇をリードした歌人の門人として知識教養も深めた、つまりはスーパー兼業主婦だったようだ。

旅路の一行は50代主婦が中心あとは数人のおつきの男衆。今なら車や鉄道、空路でピューという距離だが大半が徒歩で旅するのは現代でいうならば半年近く個人旅行で個人の采配で海外を旅すると似ているか。
ある程度は旅路の計画を立てていただろうが現代のような通信網があるわけでもない時代で現地の情報が少ない故行き当たりばったりのことも多かったようだ。
しかし奥さん方はガシガシ進む。ドンドン歩む。
観たい名所旧跡、買いたい名産品、観たかった芝居、ジャンジャンこなしていく。
歌人の門人らしく、心惹かれたり琴線に触れたりの物事、場所での歌も詠う。

宅子さんたちは酸いも甘いも知った老年手前で、おせいさん曰く「姥ざかり」の妙齢。悪路難路に疲れても困っても結局は大丈夫、と人生のキャリアからくる余裕をどこか感じさせられる。
美しいものは感嘆し、愉快なものには大笑い、憐れを感じれば涙を誘われ、と感情豊かながらにも何事かあった時には上手く立ち回る怜悧さもある。

おせいさんの訳というよりは解説、いや紹介というべきか、とにかく語りが軽妙で、いつしか宅子さんたちの旅路に気持ちが同調させられるかのよう。
宅子さんらが歌枕ゆかりの地を訪れれば景色を眺めつつ、ステキねぇ…!、と古歌を思い浮かべながら様々な想像というよりは妄想にふける姿を想像できるし、名産品に出会えば一行で、まあ!これキレイ!あら、これもステキよぉ!あなたにはこれが似合っててよ、なんて会話をしたのでないかと思わせられる。思わぬ場所で地元のゆかりの人に出会ったことにキャーキャー喜びつつも思わず涙もこぼれそうになる感動が想像できる。
宅子さんらは一行でドドッと行動したかと思えば各々の希望でグループ分けして別行動したりもする。つまらぬ気を遣いまくるわけでなく個人行動も尊重され、充実したツアーを楽しんでいるのだ。くだらない馴れ合いのない大人の女性一行なのだ。


オバチャンと揶揄されても、そういった大人の冷静さと余裕を持ち合わすことができるのはやはり多くは中年以降になってからだと思わされることが多いのは事実だとワタシは思っている。
若さが持つ可能性は無限大で素晴らしいがそれを善きものにできるかは個人次第だが、正しく生きているキャリアはその積み重ねの年月がものを言うからこそ、微笑みだけで物事を凌駕する力になるのでないか。


ワタシは正しい中年になりたい。



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スコーン

学生時代のある日、友人が「あの本すごく面白いんだよ」と言った。

薦められたというほどでもなく(実際現物の本を見せられて読んでみる?なんて聞かれたわけでもない)、ただ友人が感想を述べたにすぎないというこのかつての一場面は何故か長くワタシの中に印象深く残ったということになる。

学生時代を終えてずいぶん経ってから読んだ。
なにがきっかけで読む気になったのかも思い出せないが、背表紙の題名が偶然目に入り何気ないひとコマだったはずのその友人の言葉をすぐさま思い出した、ということだけは覚えている。

”あの本”すなわち林望「イギリスはおいしい」はいまやワタシの愛読書である。



前回述べたようにワタシは大変流行というものに鈍感で、ティラミスが大流行したこともよく知らず、初めて食べたのが流行から遅れること数年後会社員になってから上司にステキなイタリアンを食べさせてもらった時のディナーコースのデザートの一皿だった。
上司に「前にずいぶん流行ったねぇ、本来定番なんだけどねぇ」なんて言われて言葉を濁すのもアレな感じがして「あ、あの自分実は初めて食べるっす」みたいなこと言ったら、驚愕の眼差しを向けられたのを覚えている。

スイーツ系の流行は特にワタシの苦手とするものである。
大体がっつりごはんならばまだしもスイーツに何時間も並んでまで買うやら食べるというのはワタシの中ではありえんことである。
すごく美味しいのだろう、食べただけでステキな気持ちになれるのだろう。でもそのために何時間も費やす労力はワタシの方向性に合わない。それならすぐさま家に帰って一杯飲みたい。甘いものは好きだけれどそこまでの関心がないのだ。
なので食わず嫌いというわけではないけれど、ごはん最優先だしその次は酒だし、って感じで暮らしてきているワタシのスイーツ優先度は低い。
現在気を配って買うようにするのはひとえに家族のためである。ワタシは一口も食べないことがよくある。


そんなワタシは当然ながらスコーンというものを知らず、初めてスコーンを食べたのは社会に出て少し経った頃、イギリス、バースにて、だった。(超安旅とはいえ海外に行けるほどに出世できたと自負できたなぁ)
もし日本のスイーツ色濃いスコーンを最初に食べていたなら現在のワタシはスコーンに対する思いはなんらなかったと思う。

素朴で腹いっぱいになるデカさのスコーンはワタシにとって大変魅力的で、クロテッドクリームとジャムをたっぷりぬりたくるおおざっぱというかカロリー無視というかエエ加減というか、とにかくなんかワタシの舌と肌に合った。そして大量の紅茶の入ったポットとともに大量のさし湯が入ったポットを出され、さあガブガブ飲んでくれといわんばかりのその態勢をすっかりワタシは気に入った。

アフタヌーンティーの知識なぞ乏しく(一応事前に予習したつもりではあったが)、イギリス料理はまずい、なんていう通説もさほど知らなかったワタシは、パブで飲んだビールは最高に美味かったしとりあえず初渡航地故のプレミア感覚で、学食レベルならいくらでも食える、みたいなワタシの貧乏感覚も発揮され、旅行者としてはこれで十分と思っている上でのスコーンの味わいは更なるプレミアものだったというか。


まあそんなこんなであれをもう一度食べたいと思っても売っているものはスイーツ色強いものが多く、もっとモフモフしたスイーツというよりもパンに近い感じのあれは一体どこにあるのか、と思えば、冒頭に申し上げた書の中にレシピがあったわけで。(文庫版のおまけのようです)手順が大変参考になります。っていうか、すごい簡単。(分量なんかはクックパッドあたりも参考にしましたが)自分なりに納得がいく出来までは幾度かチャレンジが必要だったが、要は思い切りと大雑把さが大変重要だと理解した。近年バターの値段高騰であまり作らなくなったが、唯一ワタシが作ることができるお茶のおともである。


スコーンの話に終始したが、不味そうなものと美味そうなものの話の対になった展開がとても興味深く何度読んでも面白い。リンゴは皮をむくのが面倒だがそれを払拭するような美味しそうなリンゴの話は何度読んでももはや憧れの域だ。リンボウ先生のイギリス話から展開した食にまつわる話の多くはとても面白く、本書だけでなく多くエッセイを読ませてもらって楽しんでいる。



しかし、美味しいものは食べたいけれどたいがいどんなものでも、そういうものなんだろう、と思ってバクバク食べてしまうワタシはやはり貧乏性なのだと思う。




ジャックと豆の木


下の娘は少しずつ自分で絵本を読む事ができるようになってきたものの、「お休み前の読み聞かせ」は毎晩ではなくなったもののまだまだ頻繁に要求してくる。幼稚園の図書室から娘が自分で選んで借りて帰ってくることが定期的にあるので、それをリクエストされることも多い。

先日借りてきたものは「ジャックと豆の木」だった。
ワタシの記憶は、なんか天まで伸びる豆の木にジャックが登って行った、鬼的なものが追いかけてきたから豆の木切り倒した、というなんとも中抜けなものしかなかった。

で、読み聞かせたわけであるが。

読み終えたワタシの第一声は、ホントに思わず口からこぼれ出たのだが、
「なんだこりゃ、強盗やんか」
だった。


鬼的なもの=人食い大男の住まいにのこのこと来てしまったジャックは大男が持っていたお宝をまんまと持ち帰る。ジャックは母親とふたりきりで貧しい暮らしを送っていて、お宝目当てに再び天まで伸びる豆の木に登り大男の住まいに侵入しお宝を持ち帰る。三度目の侵入は大男についに発見され追いかけられるのだが、豆の木をつたって先に下界に降りる事ができたジャックが木を切り倒したことで大男は足場を失い転落し死亡。ジャックと母親は大男から奪ったお宝のおかげで貧しい暮らしを脱した、というオチ。


人食い大男がとんでもなく人間界を荒らしまわっていた描写でもあれば、成敗、ってノリで済む話なのかもしれないが、そういった描写は特にない。大男が悪の存在だとしてもジャックに直接被害があった描写もない。
母子ふたりきりの暮らしが相当貧しかったことは同情に値するとしても、だからといって大男からお宝を一度ならず三度奪ってくるというのはもはや強盗なわけだ。大男が悪の存在だから全然オッケー、ということなのだろうがどうにも腑に落ちない。
果てには殺人とはいわないが傷害致死、といったオチなのである。一体こりゃなんだ。

下の娘は「貧乏だったんだからしょうがないやん」と同情的な感想を述べたのだが、上の娘は「昔話にそんなツッコミしなや」と笑っていた。


いやホントに民話ってのはどうにも理解しがたいものも多く、そこがまた面白いものなのかもしれないが。




まだまだ楽しいことがある

ふらりと立ち寄った近所のスーパーの片隅の小さい書籍コーナーで目にして即買い。


2011/12/02



近頃めっきり本は読まなかったし書店にも足を運ばなかった。
先日PCまわりのレイアウト改変中に本の整理も少しして、まだ読んでいない本もその中にあったのだが、ああ久しぶりにしっかりと本を読んでみようか、と思った。
ずいぶん活字というか文章から離れていた。要は気力だったり体調だったり物理的時間の問題だっただけだ。
その間はずいぶん音楽は聴いたからそれはそれでものすごく楽しくて、原因不明に落ち込んだ気分を優しく引き上げてくれたりした。自分にとって耳心地のよいものを多く聴いたり、新しい出会いにチャレンジして聴いたりした。

ワタシには音楽の知識、学識が無い。なにしろ音楽なぞお金持ちの子が習うもので、いわば「雲上人の世界のもの」という感覚で育ってきたのだ。
でも子供の頃毎朝台所にあるラジオから流れていたのがクラシック番組で(これについてはこちらで)、理由はわからないがそれは「素敵なもの」とワタシの中に刷り込まれた。「雲上人の世界のもの」で「素敵なもの」なのだから、それはそれはキラキラとしたイメージなのだ。手が届かない憧れのもの、といった感じだろうか。

しかし時が流れ、高価で手が届かなかったレコードがいつしか手ごろな価格でCDで聴けるようになった。(もちろん自分が長じて経済力が備わった、というのが最要因だが)なんでもかんでも価格破壊はよろしくないだろうが、これに関しては素直に嬉しい。コンサートは逆に価格高騰の一途をたどるように思うが、とにかくCDで結構手軽に多く聴けるようになった、と思う。

エエ歳になってきて、これまで好きだったモノやコトの一部から少しずつ距離ができてしまってしかも取り戻しようも無い具合だったりしてとても淋しく思っていた。もうなにか楽しいことに熱中できることはどんどん自分の手から零れ落ちていってしまうような気持ちになったりもした。ああでも音楽はまだまだ聴きたいものが山ほどある、と感じて、幸せだなー、と思った。


村上春樹氏はこの書の「始めに」の部分で、
「好奇心の旺盛な、そしてできるだけ正直な素人の聞き手であることを心がけた。たぶんこの本を読まれる方の大部分は、僕と同じような「素人」の音楽ファンなのだから。」
と記している。
小沢征爾氏は
「音楽好きの友人はたくさん居るけれど、春樹さんはまあ云ってみれば、正気の範囲をはるかに超えている。クラシックもジャズもだ。彼はただ音楽好きだけではなく、よく識っている。」
と述べている。

村上春樹氏はワタシのような「ホンマもんの素人」でなくそもそも大変高名な小説家でいらっしゃるのだから、文化、芸術方面への生活の心身投入度があからさまに一般的でないよく聴きよく識る人だろう。でも対話中の端々に見える、小説家になる以前のずっと若い頃から知識学識はさておきひたすらに愛した音楽を語る喜びに溢れているようだった。
巧く云えないが、「一緒に聴いて楽しもうよ!」なんていう感じを村上春樹氏の言葉から、「世界のオザワ」たる小沢征爾氏の言葉からは「音楽スゴイよ、楽しいよ!」なんて感じが、まあワタシが勝手に感じただけなのだろうがとにかくそういう感じに手を差し伸べられているような、そんな読後感である。


近頃のユーロ安を見て、先日ベルリンフィルのデジタルコンサート会員に登録したのだが、マーラー・イヤーでマーラー満載である。
そういえば、ワタシはこれまでどれだけマーラーを聴いてもどうにもピンとこなくて困っていた。できればお近づきになりたいのにいつまでも遠い。ほんの少しでいいからマーラーとお近づきになる、そのためのきっかけがつかめなかった。本書の「グスタフ・マーラーの音楽をめぐって」を読んで、なんだか肩の力がスッと抜けた感じがした。ああ、そういう受け取り方で良かったのか、みたいな。


久々に読んだ本がこれでよかった。幸せだ。




お弁当

なんだか毎日お弁当のことばかり考えている。
もちろん四六時中考えているわけではないのだが、油断すると朝一番に自分がパニックに陥ることは想像に難くないので、「考えさせらている」というよりなるべく「考えるようにしている」といったところなのだが。

上の娘の学校も下の娘の幼稚園も給食があるにはあるのだが弁当持参か給食か選ぶのは個人の自由である。正直なところ二人分の給食費というのは結構バカにならないのだ。いや、給食と銘打っているものなのだからか、献立を見ればかなりお得なお値段設定なのだが、お弁当は毎日の家ごはんの流れから工夫すれば給食よりも更にお安く作ることができるはずなのだ。

下の娘が幼稚園に通うようになって昨年度からほぼ毎日お弁当は作ってきたが、幼稚園児の食べるお弁当は量が少ないからそこまでおかずに悩む弁当箱の物理的な隙間はなかったし、「キャラ弁」みたいな見目麗しいものでなくとも残さず平らげる娘なので、さほど事前準備は必要なかった。
上の娘もどれだけ地味なおかずのオンパレードな食卓でもモリモリ食べてくれるのでそのあたりの気遣いは全く無用なのだが、なにしろ成長期でものすごく量を食べるようになってしまった。
食べ盛りと幼稚園児のお弁当二つは、つまりは事前にある程度の内容確保をしなければ物量的に賄いきれないということなのだ。

食料買出しの段階で一日のメインである晩ごはんのおかずと絡めてお弁当のおかずを念頭に置かなければならず、また休日に作り置きの副菜や煮物のまとめ煮をなるべくするようにし始めた。早期に軌道に乗せれば今後は粛々とそれに従えば良いだけだ。が、現在まだ取っ掛かりの段階なのでまだまだ落ち着かない。食材を無駄には絶対したくないし、栄養価も十分で且つお値段も安く上がれば優である。その軌道にいつ乗れるか。お弁当のことを考えている、ということは家ごはんのことも考えていることになるので、グダグダ性分のワタシにしてはここのところなかなかに勤勉だ、と思う。

晩ごはんのおかずをお弁当用に取り分ける、はしっかりしているのだが、それをアレンジなんていう凝ったことは上手くできないし、副菜なんかもそうレパートリがない。かといって、特にレシピ的にものを欲しているわけでもなく、他所様はどんなお弁当なんじゃろな?という垣間見でヒントさえあればどうにかしてみませう、といった感じで

2011/04/19


たびたび眺めています。
みんな凄いなー。キレイだなー。いやはやワタシにゃあ真似出来ないレベルのお弁当の数々。作成者の方々の言葉の中に毎ごはんとの連携のヒントも多くあり、ものすごく参考にさせてもらってます。


量は足りているのか上の娘に尋ねた折、「お弁当美味しそうでいいなーって友達に言われたわ」と報告してきた。「いや、晩ごはんの使いまわしいっぱい入ってるで、って言ったら、でも手作り感が凄いやん!いいなー、って言われたわ」と。
娘はどこかちょっと誇らしそうに言ったように見えた。
ワタシも昔母が作ってくれたお弁当を人に褒められてものすごく嬉しかった。自分が作っているわけでもないのに。下の娘も幼稚園で先生にお弁当をわざわざ見せているらしい。キャラ弁とかじゃあない、すげー地味なお弁当なのに。

別にワタシは特別お料理上手なわけでもないし、ぜんぜん凝ったこともしないめんどくさがりかあさんなのに、それでも娘たちが喜んでくれているみたいなのはかなり嬉しい。心の中でガッツポーズ。






いらっしゃいませ。

ツモ

Author:ツモ
30代後半女。
→四十路突入。
→もうすぐバカボンのパパ越え。
→日本女性の平均寿命に向かって折り返し地点あたり。別にそこまで長く生きたいわけでもない。とりあえずの目標はこの先20年くらい。

暴れまわった娘時代の反動か、自宅にひきこもりがち。相方、娘二人と古都の端っこで地味に暮している。


気まぐれにしか更新しないくせに、記事がやたらと長くなる傾向にある。

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