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「山田くんと佐藤さん」

クールでドライなメガネ男子山田くんとルックスはいいのに性格のキツさから女友達がいない佐藤和代さんとちょっと太めのいい子ちゃんな佐藤かずえさんの三角関係なラブコメ。
ワタクシの「メガネ男子萌え」の原点のマンガです。

ワタクシの年代の幼き頃はメガネというものは現在と全く違って美的観点からいうと減点要素のひとつとして一般的に捉えられていたのでないでしょうか。すごく目が悪くて常時メガネをかけざるをえない女子がお子ちゃまバカ男子にからかわれたりしていたのをよく見かけたましたが、特別正義感が強かったわけでもないワタクシは心中で気の毒に思いながらも一方では自分は目が悪くなくてよかったと思い、遠巻きに眺めていただけでした。またメガネ=頭がよいという根拠のない図式も一般的だったのでしょう、特に成績が優秀というわけでもないメガネ男子はやっぱりからかいの対象になっていました。
適当な年頃になるに従いそんなつまらない揶揄は誰もしなくはなりましたが、少なくともメガネは目がわるい人の生活必需品ではあっても決して現在のようなおしゃれアイテムではなかったのです。

ワタクシのメガネに対する捉え方が180度変わったのが中学3年のときでした。同じクラスになったあるメガネ男子くんに我ながら恥ずかしくも片思いするようになったのです。
偶然にもその頃に「山田くんと佐藤さん」を読んだのですが、山田くんが自分の好きなメガネ男子くんに見えてくるものだからそりゃ大変。本当はそのメガネ男子くんと楽しくじっくりお話してみたいのにそんな機会があるわけでもなく、ただ同じクラスにいるからある程度の様子は窺えて、成績は適当に良くてスポーツも適当にできて男友達も適当にいて、というのはわかるのですがそれ以上はもはや想像の世界に突入。しかし悲しいかな経験値の低さから想像にも限度があり、そこにちょうど山田くんの降臨だったのですから自然とイメージを重ねるのも無理ないってもんです。
初めて「山田くんと佐藤さん」を読んだのは当時の数少なかったマンガ読み友人が貸してくれたものだったのですが、バカ片思いワールドにどっぷり浸ってる最中だったもので即購入して日夜現実の片思いのメガネ男子くんとシンクロさせて山田くんに萌えていたワタクシでした。

ホンマに自分でもかなりのバカだと思いますが思春期なんてみんな多かれ少なかれバカってもんです。だからいいのさ。
結局その片思いはその年齢相応に清く正しい思い出となったわけですが、それからというものワタクシの中ではすっかり「メガネ男子最高」の格付けとなり、もちろんそれにも基準があって「メガネ男子たるもの、クールでドライ、アタマが適当に良くて運動も適当にできて、しかもなんだか意地悪そう」という点でその先も追っかけ続けることになったのでした。「メガネ男子萌え」キャリアはすでに20年、なかなかのものざんしょ?


あわわ、「山田くんと佐藤さん」の話がどうにもそっちのけですんません。
女の子キャラの髪とか洋服とかいちいち可愛くて、食べ物もよく出てくるけどいちいち美味しそうなのですよ。話はどうということはないけど、画を見て楽しかったし山田くんに萌えて勝手に妄想して楽しかった。
ここから松苗あけみを追っかけ始めたのですが、一条ゆかりの妹分だと知って御大作品の中に明らかに松苗あけみタッチの画を見つけたときは嬉しかったですね。
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「有閑倶楽部」

財閥のご令嬢、茶道の家元と日本画の大家の娘、一流宝石商の娘、大病院の息子、警視総監の息子、スウェーデン大使の息子の6人組セレブ高校生が暇に任せて事件に首を突っ込んだり巻き込まれたり。大人をあざ笑うかのような頭脳と大人顔負けの人脈、ちょいと人間離れしたかのような腕っぷしの強さでどんな難事件も解決しちゃう。何故かオカルトチックな出来事に遭遇することも多し。そんな痛快アクションコメディ。
って、ストーリーを一口に言ってしまうとそんな感じ。
これ以上でもこれ以下でもないと思う。気楽に笑い飛ばして読むが良し。

初めて読んだのはラスベガス博打ツアーのお話だったと思います。りぼんに正月特別読みきり長編ってな具合で載ったのではないかと記憶してるのですが、間違えてたらなんですのでちょっと調べよう。(ネットで調べ中)はい、合ってました。'82りぼん2月号掲載のこれ「有閑倶楽部PART5」が初めて読んだ話で間違いないです。

なんだかんだと長いシリーズになっちまいましたね。
始まった頃小学生だったわたくし。それがいまや有閑倶楽部の面々の年齢を追い抜いて久しい。
ヤツらは留年してからというもの永遠の高校3年生になってしまいすっかりサザエさん化しておりますが、世界情勢はしっかり変わってKGBの女闘士鋼鉄のモルダビアがロシアの内務大臣第一秘書官になって再登場したときにはかなり笑わせてもらったです。モルダビアと清四郎どちらが雲海和尚の実力一番弟子か?っていうのもまだ決定してないことだし、「プライド」の連載が落ち着いたらっていうか終わったらまた息抜きに「有閑」やるんですかね。別にいつやめちゃっても、というかもうこのまま続けなくても問題ない話なんだけど、描いたら描いたで読者はやっぱり喜んでついていくわな。最近TVドラマ化したので新しい読者も獲得できただろうしね。

ドラマはですね、やっぱり初回は一応チェックしておくかと見ることにしたんですけどね。10分見て止めちゃったさ。そもそも魅録がメインってところがもう全然違う!ってなもんで。「セレブ」なんて安っぽい言葉で片付けるにはあまりにゴージャスすぎるキャラ設定でしょ、原作。で、画面からそのとんでもないほどのゴージャス感が見られなかったし、無理して見ることはないか、と。
もしかしたら多少はおもしろかったかもしれんが、元々ほとんどTVドラマは見ないのでねー。

話を戻して。
話数が進むにつれておバカ度と下品度が上がるのはおもしろい点でもあるのだけど、メイン6人組がなんとなーく子供っぽくなってきてるのはおバカ度・下品度の増加と決して無関係でもないような気もするのでなんとも微妙なところです。ついでに上流階級な雰囲気もちょいと減った感じがするし。元々セレブ(うーん、この単語を使うのにどうにも抵抗があるなー。あんまし好きじゃねんだわよ。けど他に適当な単語が思いつかないから使ってるんだけどさ)のくせして変なところで庶民的感覚満載な6人組ではあったのだけど、ちょっとした何気ない描写の上流階級っぷりが見られなくなってきたのがなんとも残念。


悠理の母上剣菱百合子さんと魅録の母上松竹梅千秋さんがごっつかっこええと思います。

「王家の紋章」

これを初めて読んだのはいつだったのでしょうね、覚えてないくらいにやっぱり相当昔だと思うのですが。
いやはや、このお話一体いつ終わりを迎えるのでしょうかいね?
単行本を集める→いつまで経っても終わりが見えない→付き合いきれない気分になって手放す→でもやっぱり気になってしまうから単行本を(以下数度くり返し)だったのですが、現在気分も新たにぼちぼち文庫版で収集中。

エジプト文明に心酔し考古学を学ぶアメリカ人の富豪のお嬢様キャロルがファラオの呪いにより古代にタイムスリップして、若きファラオであるメンフィスと出会いすったもんだのあげくに愛し合うようになったものの、未来の知恵を持つキャロルは本人がどれだけ否定しても「神の娘」として扱われ、その知恵を奪取しようとする他国の諸々の輩からモテモテのひっぱりだこ、と一口に言ってしまうとそーいうお話です。いやいや、ホントのところいろいろものすごーく大河なドラマがワンパターンながらも展開されるのですが、まあ一口に言うなら大体そんな感じです。ナイル川が現代と古代との時空をつないでキャロルが結構自由自在な感じで行ったり来たりしちゃってたり、古代で囚われの身となってしまったキャロルの心の叫びがこれまた時空を繋いで現代からピストルの弾が届いちゃったり、わはは何でもアリじゃねーか。

大体ね、キャロルはモテすぎですよ。
古代の人々からすると20世紀(ていうか世紀も跨いじゃったよね、いまや21世紀だもん)の知恵を持つキャロルっていうのは神にも等しいほどの知恵をみなさまに披露しちゃうのですから、そりゃあ奪い合いになるのもわからんでもないですけど、「歴史を変えるようなことはやってはいけないんだわ・・・!」なんて思いっきりぶち抜きアップのコマで独白してるわりには結構どこでもここでもペラペラと現代で学んだ考古学や歴史の知識を披露しまくるキャロルは賢いんだかバカなんだか。
でもね、どうなんでしょう?古代文明の相当高度な技術や優れた見識って現代をもしのぐものがあったりするじゃあないですか。ホントに現代人の知恵がそこまで古代人のハートを鷲掴みにするもんなんですかね?そこんとこどーですか、早稲田大学教授でエジプト考古学者の吉村センセ?(いえ、別に知り合いでもなんでもないです)そーいえば吉村先生は「うちの研究室にも『王家の紋章』を読んでからエジプト文明に興味を持ちました、なんて学生がやってきますね。いやいや全然それでいいんですよ、わはは。」(←すいません、かなり意訳です)なんてご丁寧にも文庫版の1巻で解説なんぞされてますが。

ストーリーの初期、キャロルの古代における「神の業」のひとつとして「囚人に汚水を清水に変えて与える」というエピソードがあるのですが、その偉業に数多の人々が感動し「神の娘のなせる業ぞ!」と大騒ぎになります。これに対しキャロルの反応が「20世紀の人間なら誰でもできることよ」とあるのですが・・・、えーと、すんません、そんなんできませんから。「濾過」という原理はわかりますけどね。飲み水なんか作れませんし。しかもキャロルは現代ではものすごいお嬢様のくせに何故こんなサバイバル的知識があったのでしょうか?彼女の知恵はその範囲や程度がよくわかりません。アタマいいのかと思ったら人を無駄に信じすぎて騙されてとんでもない目に遭わされたりする。おとなしくしてりゃ危ない目に遭わずに済むのに古代の世界の見る物聞く物すべてが珍しくて好奇心の赴くままにあっちへふらふらこっちへふらふら。自分の側近たちをも巻き込んで事件に継ぐ事件。ええい、王宮でじっとしとかんかい!おまえは愛しの夫メンフィスのそばで可愛い顔して座っておけ!とキャロル連れ去られる→メンフィス追いかける、のくり返しでいつまでたっても終わりそうにない話にイラッとしてる人挙手、は~い。

それはさておき、キャロルが流産したりするエピソードがあるのですがそのへんはずいぶんと残酷な感じがします。ただドラマのやたらに重いところとどうにも軽々しく流れていくところとの落差を話が進めば進むほどに感じるようになってしまって、もうどっちかにしてもらいたい。っていうか、ホントどうやって話を締めくくるつもりなんでしょう?これ以上続けることになんの利点があるというのか?しかも回収しきれてない伏線なんかは一体どうしてくれるのか。長編の難しさを痛感しますね。

「王家」で必ず問題提起されるのが「メンフィス派かイズミル派か?」だと思いますです。
で、わたくし断然メンフィス派でございますですよ。
イズミル王子は確かにカッコイイのですがわたくし萌えないのです。だって「可愛げ」を感じないから。クールでキレ者で素敵なのだけど、その裏にキュートさがなければいけない。あと考え方がネガティブな感じなところも重いんだよね。キャロルは彼を表現するに「恐ろしい」としますが、わたくしからすれば真面目すぎるインテリって感じですね。
メンフィスもかなりの激情型でうっとおしいくらいではありますが、少年王なだけあってどこか可愛げが感じられるのです。恋も政治も押せ押せ一辺倒ってのはこれまた若者キャロルになかなか理解できなかったのは致し方ないことであります。でもおねーさん(おばさんの間違い?うるせー!)はわかってるよ、ふふふ。
黒髪サラサラストレートロングってのも萌えの大きなポイントだわ。

そういえば大昔にマンガ読み友人とでキャーーーッと盛り上がった話が、たぶん「王家」ファンなら誰でも一度は盛り上がるであろう「キャロルとメンフィスの初夜」シーン。わはは、こんなんでキャーッなんて思ったほどに私も若かった。今ならサラッと読み流しなのですが。
そんな初夜の翌朝早々に朝日の昇るナイル川の美しい景色に見入っているキャロルはえらく余裕綽々です。話の流れから察するに処女に違いなかったキャロルさん、えらい落ち着きぶりですやん。体の違和感はないのかい?

”浪漫”を感じてしまう古代文明が舞台ともなれば、かつて浪漫に憧れる少女であった私がこのお話にはまってしまうのは当たり前ってなわけで。世界史のテストでそりゃもう古代文明の範囲は強かったってーの。そんな女子絶対多いはず。
イライラしたって読むのは止められない。そんな「王家」な人の私なのです。

「砂の城」

一条ゆかり御大のマンガを初めて読んだのがこれ。連載の途中から読み始めたのとなにせ自分が幼かったので話がよく理解できない、にも関わらずものすごーく惹きつけられました。はぅー大人だわ・・・って感じで。
ナタリーとフランシスとミルフィが三つ巴でごちゃごちゃのあーだこーだになってるあたりから読み始めてるものだからその因果関係なんかさっぱーりわかんないのにそれでもなんかもうああ、どうなっちゃうわけ!?ってドキドキしながら連載終了まで読みましたね。

きちんと全部読んだのは文庫版で。もう悶えましたね、こうイライライラーーーッと。でそこがまたいい。メロドラマはこうでないと!みたいなお約束です。

確かにね、ナタリーと初代フランシスの恋は不幸です。まさに古典的悲劇です。
けれどその後の彼女の人生は彼女がもっと賢く自立してあらゆるものからさっさと開き直ればなにもそこまで不幸になることはなかったわけです。幸いにも大いなる助力と理解を彼女の周囲の人たちは惜しまなかったのですから。
で、ナタリーもそれはよくわかってて周囲に迷惑かけてる自分をどうにか変えようと努力は一応しやがるのですが、なにせ元が世間知らずのお嬢様だから一番大事なポイントを自分では見出せない。いらんところで自己主張激しく、反面そこは思いっきり自己主張しとけ、みたいなところで人の好さ気な行動を取ってしまう。全然精神的に立ち直ってないくせにつまらないプライドのせいで自分の良き理解者たちの前でも見栄を張ってしまう。一体こんな女をどーしろと言うのでしょうか。ナタリーの素晴らしき友人たちはよくぞこんな面倒くさい女を見放さなかったもんです。
年齢的に大人になっているのだから立派に振舞わなければならないのは確かにそうであるけれども、できないことは素直にできないと認めることこそが自立の一歩ではないんかいな、ととにかくまあイライラさせられる女でございます。
御大も「ナタリーみたいな女は嫌い」と断言していらっしゃることですし、もう全然ナタリーが嫌いでも問題なし。しかしただ嫌いなだけだったら人は読むわけがなくて、嫌いなのになんか気になって読んじゃう!みたいなところがメロドラマの力ってところですなー。

対してミルフィはナタリーとは全く逆で自分の欲望に大変忠実です。
自分の魅力に大層自信があるのです。ところが二代目フランシスがちっとも自分を女として見ないことに苛立ちを隠せません。彼がナタリー一筋で自分のことはアウトオブ眼中なことも実はわかってはいるのだけどそれがどうしても認められない。年増の女に何故こんなに若くて可愛い自分が負けるのか、とさえ思ってしまう。自分の恋する故の激情をどうしても止められなくて周囲にどれだけの迷惑がかかろうが突っ走ってしまう。
ナタリーもそんな止められない感情を知っているものだからミルフィを疎ましく恐ろしくも感じつつどうしても退けることができないし、二代目フランシスも同様です。周囲の理解者たちの忠告を聞かずに無駄なお人好しぶりを発揮してしまったせいで、本来うまくいくはずだったものが転じて困った状況を招いてしまったわけです。全く全然空気読めないヤツらがあーでもないこーでもないってやるものだから、そりゃごちゃごちゃになって当然でございます。

脇キャラは本当に質の良い人揃いです。御大があえて「そうした!」と断言してるだけあって、男キャラも女キャラも素敵です。中でも一番かっこいいのがランベールさんの元婚約者であるマダム・シフォンヌ。もうなんともかんとも洗練された熟女で美しさと知性とユーモアを兼ね備えた本物の大人の女性で、あんな風になれるもんなら歳を取るのも全然悪くないと思います。


圧倒的なメロドラマ的流れに一息に読むと疲れを覚えるほどです。
愛だけにこだわって人は果たして生きられるものなのでしょうか。愛は大切かもしれないけれど自分の身を滅ぼすまで愛だけに必死になることはないと思うし、なんか他にやることないのかよ、と思ってしまう。
でも読んじゃうなー。やはり女は大河ドラマ好きなんですかね?でもテレビドラマとか全然観ないんだけど。実写だとあーでもないこーでもないってやってるのがうっとおしくなってしまう。

なんか近頃の若者は恋愛したいとは思うけどめんどくさいとも思ってる人が増えてるそうで、それもまたどうかなー?と思うのですが、ナタリーやミルフィみたいに恋愛に必死になり過ぎるのもね。ものごとには程度ってものが多少は必要ですよ、うん。

「ときめきトゥナイト」

第一部蘭世編は途中までだけどリアルタイムで読んでました。

物理学的には~今のわたし~三角関係の~一点なの~♪って今でも歌えるもんね。
アニメ化もしましたよね。放送時間がそろばん教室に行く時間とかぶってしまってたのでちゃんとは見れなかったのだけど。それに、それちょっとどうよ?って感じの出来だったですけどね。

それはさておき、連載が始まった当初こんな長いお話になっちまうなんて読者はもちろん作者だって全然全く思ってなかったはずでして。
でも第一部は魔界と冥界の抗争の設定なんかも適当に楽しめたしなんとか話がまとまって蘭世と真壁君もちゃんとくっついてめでたしめでたしでよかったんじゃないか、と。
でもね、第二部になって、ん?ってなもんでした。なんでなるみちゃんがメインになるか?みたいな。なるみちゃん嫌いではないですけどね。けど人間が偶然おかしな能力を手に入れるって、そりゃなんですか?みたいな。時折登場する夫婦になった蘭世と真壁君、すっかりいい王様になったアロンなんかが出てくるのは楽しみだったですけど。
で、第三部になって今度は蘭世の娘愛良が主役になるのだけど、そんな幼い女の子がメインになられても正直困ります。真壁家の皆様がじゃんじゃんじゃかじゃか登場するので蘭世や真壁くんの親っぷりなんかを見るのは楽しかったのですが、ストーリーなんかは右から左へ流す、みたいな読み方になってしまって。

でも全部読みましたねー。完結編までしっかりと。
第三部は大人買いしました。第二部までの単行本はなんだかんだ言いながらも全部買って読んでいて、でもその後は読まずにずっといたのだけど、ある日ふと、えーいやっぱりこうなったら最後までつきあっちゃうわよ!と鼻息も荒く思い立ったわけでして。
長い話になるとおなじみの登場人物が増えて話への興味というよりは登場人物たちへのもはや愛を持ってしまうものですから、だったらやっぱり最後までちゃんと付き合うのが正しい姿かな、と。
それと自分の子供の頃の思い出としても捨てきれないものがありますね。話の芯が弱いので横道に大きく逸れておかしな方向に行ったりもするし決して出来の良いマンガとは言えないと思いますが、しかし少女期に出会ったものであるならば誰もがその懐かしさにどこか心が惹かれるのでは?
「ときめきトゥナイト」は私にはそういった感じのものなのです。

ところで真壁君がかっこいい、と思った人は多いと思いますが私も子供の頃はそのひとりでした。なんだか不良っぽくて素敵、なんてね。でも確かに真壁君はかっこいい部分もたくさんあるとは思いますが、蘭世にきちんと想いを口にしないで「口で言うのは苦手だ、性に合わない」と逃げ回るあたり、ちょっと男らしくねーなー、と思うのです。あまり無駄に「好きだ!」とか言い過ぎる男もどうかと思いますが、要所要所ではビシッと言葉にしないとダメってもんです。で、言葉にしないくせにしっかりチューはしちゃうんだもんなー。それはどうよ?なのにその不器用さに実は萌えたりもするんですな。
アロンはね、わがまま王子ってのは別にいいんですけどね。ホレ薬で蘭世をどうにかしちゃおう、みたいなあたりはちょっと待てや、コラ!みたいな感じですが、可愛いし愛嬌はあるし、真壁君と和解して仲良し兄弟になって以降はなかなかの男っぷりで悪くない。けど萌えないんだな。
カルロはね、いい男なんですよ。はっきり言って真壁君よりずっといい男ですよ。でもねー、なんだか私は萌えないんだな。何故だろう?意外に薄味なキャラだったような気がするんですよ。話の流れ的に絶対蘭世とどーのこーのがないって見えてたし、無理矢理押し倒しそうでもなかったしね。(当時のりぼん的には絶対ない流れだし)
あ、いるいる、ものすごーくいい男。蘭世のお父さんの望里さん。この人が一番素敵な男性だわ。優しくて頭も良くてロマンチストでダンディ、家族を心から愛し守る。あら~素敵だわ。

これがマンガ暦の始まり 「ガラスの城」

わたなべまさこ「ガラスの城」

はやはり一番最初に取り上げるべきでしょう、ってなもんです。
どえらい大河ドラマでございます。


派手好きでわがまま、しかし輝くばかりの美貌の持ち主である姉・イサドラと、慎ましく純真な妹マリサはロンドンの下町で母親とささやかに暮していた。ある日母親の突然の交通事故死によりイサドラは姉妹の重大な事実を知る。妹マリサはかねてより世の中の関心を寄せていた行方不明の伯爵令嬢だったのだ。イサドラはその証拠である伯爵家の紋章をかたどったペンダントを自分のものとしてマリサを伯爵家を世の中を欺き、まんまと伯爵令嬢としてなりすますことに成功した。がいつ自分の嘘が露見するやもしれぬ不安がマリサへの執拗な虐めへと展開していく。

と、まあこういった感じで話は始まるわけなんですが、もうそりゃあイサドラはマリサを虐めまくるんですよ。精神的にも身体的にも虐める虐める。監禁はする。麻薬中毒にはする。果てには殺そうとする、ですから。
マリサだけでなく、自分の地位を脅かそうとするものすべてを排除するために殺人なんてお手の物です。本当にイサドラが本物の伯爵令嬢なのか?と疑う者が増えてはくるのですが、そのあまりの美貌と伯爵令嬢として振舞う演技が素晴らしすぎるものだから、なんだかどうにも疑わしいのに疑えない。そして邪魔者はイサドラが先回りしてとっとと消しちゃうものですからなかなか真実は暴かれないわけです。
あーでもないこーでもないと悶着しまくってやっと真実は暴かれるのだけど、マリサがまた無駄に人が好過ぎてイサドラの罪を糾弾しようとはせず、大きな罪人である彼女を心から支えてやれるのは自分しかいないから、と手厚く保護してやったりするもんだから、さあ大変。すっかり改心したように見せつつ実は腹の中でむちゃくちゃ逆恨みしてるイサドラはマリサに如何様に復讐してやろうかと計算していたりしまして愛憎と因縁を孕みつつ話は娘の代まで続きます。

イサドラはどう考えても極悪人なのだけど、そりゃあもう美しいのです。狂気から発する煌く美貌が大罪の隠れ蓑になってしまうほどなのです。イサドラは腹黒いからこそ咲き誇る大輪の黒薔薇なのですよ。
一方マリサはさすが本物の伯爵令嬢なだけあって気品もあるし極めて心が美しくもちろん見た目も可愛らしい。イサドラに虐められつつも昔あれだけ仲が良かった姉がこんなことをするのは実はなにかわけがあるに違いないのだろうから自分が我慢して根気よく付き合ってやさしく接してやればきっと昔のようにやさしい姉に戻るだろう、と信じて疑わないわけです。人好過ぎ!マリサがあまりにお人好し過ぎてイサドラにかえって余計に罪を重ねる余地を与えてしまったほどです。

しかしイサドラの悪行ってのは計画性がなく隙だらけなのです。なんでこれでとっとと正体が暴かれないのか不思議でしょーがない。イサドラってのは狡賢いけれどそこまで頭脳プレーヤーではないわけでして、もうどんな悪行も力押し一辺倒なのです。ところが周囲の人間が無駄に人が好かったりするので力任せなだけのイサドラの諸々の悪巧みがなんだか上手くいっちゃう。まあ当時はDNA鑑定も確立してない時代なのでどうしようもないと言えばそれまでなのですが。
それと、本来は貧乏労働階級の娘であるイサドラが貴族の娘のように振舞うだけの演技力はあるわけですから、周囲の人間を力で圧倒して地位を守ろうとするのでなく、その洗練された美しい振る舞いで人々を魅了して虜にして正体を疑う隙を与えないようにした方が戦略としてはよかったのではないか?とどーでもいいことを考えてしまったりするほどに、まあ結局「ガラスの城」が好きっていうことですわね。

イサドラ派かマリサ派か?というのはファンの間で必ず話題になるようですが、わたくし断然イサドラ派です。いや、現実にこんな女が近くにいたら迷惑極まりないですけどね。マンガの世界でここまで気持ちよく悪人でしかも美人とくればもはや萌えるでしょう。

イサドラにすっかり惚れてしまった幼き頃の自分は美しい悪役が堂々と世の中を行き渡っていくその姿に「マンガってすっごいおもしろい!」とこれまたすっかりマンガの、とりわけ少女マンガの虜になったのでした。

はじめに

一番最初に手にしたマンガは自分の年代としてはお約束通りに「ドラえもん」でした。4~5歳の頃だったでしょうか。

それから少し後の頃、住んでいたアパートの住人に母とぼちぼち交流があったおねーさんがいたのですが(なにせ30年昔のことなのであまり記憶が定かでない。ホントにおねーさんだったのか?おばさんだったのかもしれん。) ある日そのおねーさんが「もういらないものだから、もしかしたらちょっと読むには早いかもしれないけれど、よかったらもらってね」とどっさり少女マンガの単行本をくれたのです。おねーさんはもしかしたら引越しのために家財の整理をしていただけなのかもしれませんが、とにかく結構な冊数をくれたところから見ると、なかなかのマンガ読みだったのでしょう。

で、それらのマンガの中で特に印象深かったのが

わたなべまさこ「ガラスの城」
忠津陽子「美人はいかが?」
菊川近子「蝶よ美しく舞え!」
里中満智子「レディー・アン」「アリエスの乙女たち」

でした。
字を読めるようになって間なしの年齢の「ドラえもん」程度しか知らなかった当時の自分には、これらが大層大人の女性の読み物だ!と衝撃を受けました。

中でもハートを鷲掴みにされたのが「ガラスの城」で、もう美しいやら恐ろしいやらで何度も何度も読み返したものです。 ああ、イサドラのなんと美しく腹黒いことか!ため息がこぼれるほどでした。

と、いうわけですっかり少女マンガ好きになっちまいました。

小学生の頃は「りぼん」が愛読誌でした。「なかよし」も一時期読んでいました。でも「なかよし」は買った記憶がないのでたぶん誰かに読ませてもらっていたのでしょう。雑誌はたくさんのいろいろなマンガが一度に読めて子供の自分には大変お得な代物だったのです。
では何故「りぼん」を選択したのか?これには特に深い理由はありません。たまたま周囲に誰もりぼん購読者がいなかったからだと思われます。
「なかよし」「ちゃお」購読者は結構いたように思うのだけど、まあ要するにただの偶然です。
生まれて初めて自分のお小遣いで買うようになった「りぼん」にすっかり心を奪われてそれから丸4年くらい毎月必ず買って隅から隅まで読んでいました。
しかし中学生になった頃から自分なりの好みが強く出てきて、急速に「りぼん」への興味が薄れるとともにマンガ雑誌の購読は一切止め単行本購読派へと移行していったのでした。

けれどもその後全く雑誌を読まなかったわけではなく、マンガ読みの友達がぜひおもしろいから読めと貸してくれた雑誌は読んだりしたし、ある一時期何故か父が(自分は読まないのに)少年ジャンプを買って帰るようになったので読んでいたこともあるし。(お土産だったのか?)
でも当時白泉社、小学館の雑誌には全く何故か縁がなかったので今でもそのあたりは守備範囲として弱いかも。
マンガ雑誌をまた買うようになったのは働くようになってから。「ビッグコミックオリジナル」だったのは何故だろう?4コマ雑誌を買っていたのもこの頃。それも段々と、そのうちに全部止めてしまって。

新しく守備範囲を広げるなら雑誌でリサーチというのは良い方法かと思われますが、まあもう別にそんなに守備範囲を広げる必要もないかな、と。「単行本で作家買い」というのが今の自分のスタイルなのですが、てなわけで偏りがありまして。自分の守備範囲外のマンガ家のものを新しく入手する際は相当考えてからしか購入には踏み切らないです。これが当たった時は大変嬉しいものですが。

なので流行最先端なマンガにはかなり疎いと思われます。
それなりのマンガ読みだとは思いますが極めているというほどのものでは全然ないです。でも好きなのですよ、マンガ。

そういった具合ですのでよろしければお付き合いください。
いらっしゃいませ。

ツモ

Author:ツモ
30代後半女。
→四十路突入。
→もうすぐバカボンのパパ越え。
→日本女性の平均寿命に向かって折り返し地点あたり。別にそこまで長く生きたいわけでもない。とりあえずの目標はこの先20年くらい。

暴れまわった娘時代の反動か、自宅にひきこもりがち。相方、娘二人と古都の端っこで地味に暮している。


気まぐれにしか更新しないくせに、記事がやたらと長くなる傾向にある。

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