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恋愛マンガ

今年の前半はほとんど小説は読まなかったので(特に理由はないのだけれど)後半もあまり読まないままで一年終えるかもな、とちょっと思った盛夏。その後の追い込みか!?みたいなペースの読書量はこれ如何に。
不得手になってしまったと思い込んでいた恋愛小説が解禁となった途端に、水を得た魚とでもいいましょうか。つまりは恋愛小説はもともと最も好むジャンルだったわけで、現実生活の心境がしばらく恋愛小説と合わなかっただけで、それが元に戻っただけのことといいましょうか。(たんなるタイミング、と言える)ともかく貪る様に本を読みまくる毎日だったりします。

もうものすごくマンガ離れ。マンガよりも今は小説読みたい。

いや、あのね、マンガは今でも大好きなんでごんす。マンガから足を洗うとかなんて、もう全然全く考えられんもんね。ワタクシの本棚は活字モノとマンガがしっかり半々に並んでおます。どちらも大事で大好き。

しかしですね、近頃マンガのなにが困ってるかというと、一体なにを読んだものやらいいのかさっぱりということなのです。現在大切に保管してあるマンガは多くありますが、いつもいつもそれを読み返すばかりではつまらないし、新しい本棚の住人を迎えようにも今後佳きお付き合いが出来そうなものでないと淋しい。ワタクシには新しい情報が少なすぎる。鋭意努力すればよいだけなのかもしれんが、どうも世代交代の果てにワタクシが馴染めるような愛せるようなマンガが減ってしまっているのかもしれん、という恐れをかなり感じたりしてるわけです。

で、貪るように小説を読みまくっている毎日、ふと「こーいう感じのマンガが読みたいだけなんだけどなー」と思うのです。
少女マンガが大好きで実は恋愛小説が大好きで、という面構えに全く似合いもしないワタクシの趣味は、ジャンルを超えても結構一貫していると思います。小説にしろマンガにしろ、映画でも(今はもうあまり観なくなってしまったけれど)。言葉で言い表すのはちょっと難しいのですが、自分にぴったりくる、というかしっくりくる、というか。そういうのは誰にでもあるものなのでしょうが。

近年自分が未読だったマンガで、マンガ読みの友人から薦められて読んだものなんかでとても気に入ったものというのは、大半が大御所系の旧作がほとんどです。当世風のものも読まないではないのだけれど、ワタクシの本棚の「殿堂」に入れるようなものがなかなか現れず。(格付けのあるワタクシの本棚でありんす)

ワタクシの固定観念が当世風のマンガを受け付けられない可能性はかなりあると思うのですが、ワタクシが求めるような作品は昔から普通にあるものだとも思うのです。結局「イマドキの若いモンは・・・」みたいな歳に自分がなってしまったということなのでしょうか。


「自分の本棚のマンガを紹介」的な具合でここに細々と書き連ねてまいりましたが、今後それに小説などの感想も加えていこうと思います。うはは、無駄に前振りの長かった方針変更の宣言。マンガだけででは行き詰まり、というより自分がつまんね。好きなもんは書きたいからさ。制限するのがつらくなったっていうか。けれどワタクシ別に学なんかないもんね。素晴らしく論じたりできませんから。好きだから好きなのよー、みたいなことしか書けねー。ただこれだけは決めてる。悪口は書かない。ちょっとは書くけど。別に万民に良い人に見られたいのでなくて、どんなものにでもどこかしらの良い点があるはずだから、そこに注目したい。っていうか、そもそも悪口が先に出てくるようなものはネタにはしないし。(書評してる人はえらいと思う。批判するのは疲れる)好きなものしか書かない。
好きなものだけに囲まれて生きていけるわけでは全くないわけで、大半は妥協と譲歩の下に生きてるような気がしてるから、自分だけのスペースなんて実生活でどこにもないのだし(自分だけの書斎やらあるわけないじゃない!どこもかしかも共有だわよ)、ここくらいは自分の好き勝手に使いたいわん。

ああ、話がずれるずれる。
結論、小説だってマンガだって、ワタクシ同じ感覚で読んでるわけですよ。文学がどうたらなんか国文出だけど全然わからん。おもしろければそれでいいじゃない。つまんないマンガも多いようにつまんない文学も多くある。逆も然り。人によって受け取り方は変わります。売れてるけど自分にはおもしろく感じられない、逆にマイナーだけどおもしろい、こんなおもしろいのだから売れてるのもわかる、とか。
こんなネットの超辺境なんて、世論なんか知ったこっちゃないですからね。自分が好きだと思えば書きたいんですよ。

ああ、へべれけに酔いながら映画や小説を語った若かりし日々が恥ずかしく懐かしく。


(一応、今回の雑談シリーズはこれで終了。つまりはなにが言いたかったのだか、書いてて自分でもようわからんようになってしもた。別に専門家やあらへんのやしええのやけど。わはは。)
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恋愛小説

本がね、山積してるんですよ。
末永く佳きおつきあいが出来そうな気がして買ったのやら、気まぐれで買ってみたのやら、気に入りの小説家の新作やらが。で、新刊だったりしても山積してる間に旧作になってるし!

マンガはなんとか大体買ったそばから読めているのだけど、小説はどうしてもマンガよりもう少し読む時間がかかりますでしょう?読むペースより買うペースの方が速ければ、どうしても未読本が発生します。なのに本屋についふらふらと行っては買ってきてしまって、気がつけば山積。
本への愛をいくら語ろうともこんな不義は許されるはずもないぞ、自分!みたいな。「ちょっと今月は本にお金使いすぎ?」とか思って、でも他所の整然と並ぶ本の山見たさに図書館にふらりと行ったりして、また本借りちゃった、みたいな。でも図書館の本を借りるというのはいわば合コンみたいなもんでして、借りた本がもうめちゃめちゃ気に入ってしまったらば、翌日には即本屋へ足を運び購入してしまう。嗚呼、悪循環。
年に何度かは本屋も図書館も行くのは自粛して山積未読本に着手するのだけど、生活のドタバタ具合によっては全く本を読まなくなる時期もあるので、一向に山積解消されず。
こう、なんて言うのですかね、「読みたくなった時にすぐ手に入らなかったら泣いちゃうもんね」みたいな強迫観念がワタクシに本を次から次へと購入させるのだと思ってるのですけど。

相方がね、これまたワタクシより輪を掛けて本を山積させてるのですよ。相方の本をワタクシもすべてが読むわけではないので(ビジネス書が多い)どーでもいいといえばそれまでなのですが、ふと「ふたりして山積させんでも・・・」と思ったり。相方だってワタクシだって山積させるだけで満足してるわけではないのですが、なにせ読むペースよりも買うペースが速すぎるのが大問題なわけで。

まあ相方のことはどーでもいいのですが、ちょっと前にワタクシ「この山積未読本を読まなくては!」と急に思い立ったのでした。まあ年に数回あるかないかの発作みたいなものなのですが。で、手に取ろうとして一瞬躊躇した理由は、その多くが恋愛小説だったからなのです。あー・・・、だから山積したんだよなー・・・と思い出した。

恋愛モノは近年多くを敬遠して参りました。マンガも小説も時には挑戦したこともありましたが、読後ぐったりしてしまって、前回も書きましたが、主題が別で恋愛は一要素にすぎなければなんともなかったのですけれど、恋愛が主題のものはなんだかもう読む前から胸焼けするような感覚を覚えてしまって。
で、今回も無理かもしれんなーと思いつつもはじめに目に付いたそれは今よりもずっと若かった頃に大好きだった小説家のものだったので、やはりそのまま読まずにいるのも惜しい気がして、ええい!と思い切って読み始めたわけです。

いやー、はまったはまった。わはは。
久々の恋愛小説は全然大丈夫、っていうかよかったわー。で、次々に山積未読本・主に恋愛モノをどんどんどんどん読んじゃって、昔読んで保管してたものも引っ張り出してきてどんどんどんどん読んじゃって。

波乱万丈の劇的な恋の話ではなく、大きな事件性はないのだけれど日常の何気ないように見えることが心理的にちくりと胸を刺すような痛みを覚える恋の話で、そこに生活の匂いがすればよりおもしろい。


(もうちょっと続きます。でも、ちっとも続いてる話でないような・・・。)

立ち読み

近年、選ぶマンガも選ぶ小説も恋愛モノではないものが多くなりました。恋愛要素を含んでいるものもありますが根本的にそれが主題ではないものとか全く別の類であるもの。男だ女だ、愛だ恋だ、とかいう色が強いものには胸焼けを覚えてしまうような感じで、とはいえ人生を重々しく語られてもその重みに耐えかねるような心地で。
時代小説なら重々しい人生の語りでも今とは違う世界のものであるからそこに現実感があまりないので、もはやファンタジーにすら感じたりできるし「歴史の浪漫を感じる」なぞ言えたりもして。ミステリーだったら謎解きにハラハラしていればいいのだし。
マンガは日記風のものを多く手にするようになってしまい、劇的に描かれがちなストーリーものは意識的に避けるようになってしまって。マンガは特にゆるーい方向へどんどん流れていったワタクシ。

一体自分はこれからなにを読めば楽しめるのか、と途方に暮れたような気持ちになってしまうこともしばしばあって、小説ならば図書館からそれまで読んだことがなかった小説家のものを試しに借りてみて様子を見るというのが出来るのですが、マンガはマンガ喫茶なんかに行けば試し読みも出来るのだろうけれど、そういう機会がまるで持てないものだから、どういう風に出会いを探せばよいのかさっぱり。インターネット上の評判を読んだりもしますが、あまり他人様の意見は当てにならないといったところか、決心してえいや!と買ってみたものの、それなりに面白くはあったけどそれ以上でもそれ以下でもないというものが多く。

ワタクシは立ち読みというのが昔からどうも苦手です。立ち読みで吟味検討する方も多くいらっしゃるのでしょうが、ワタクシはどうにも苦手なのです。立ったまま読むという体勢の問題ではないと思います。自宅でワタクシは立ったまま読書することが多いのです。(雑事の合間にも読む、というのは以前にも申し上げているかと思います。)
思うのは、その本を誰かがその人の本棚に持ち帰るかもしれぬのだから、むやみに触るのは本にもその人にも失礼なような気がする、といったところです。本屋で見かける買うわけではないのにぞんざいに本を扱う人を、ワタクシはほとんど軽蔑すると言ってもよいくらいです。図書館の本も扱いにはワタクシなりに注意していますが、状態が悪いものが多いのは嘆かわしいですね。

あら、話がそれてしまった。
本は勘で選びたい、しかもできるだけ当たりを選びたい、と言うわがままにすぎないのですが、恋愛に似てると思ったのです。「お友達から始めましょう」なんて言うのがワタクシ昔から好きでなくて、実際はお友達程度のつきあいから様子を見るのは結構なことだと思いますが、わざわざ宣言するのが違うっていうか。ワタクシにとっては立ち読みは「お友達から始めましょう」的な感じなのです。

でもマンガは立ち読みできないようにビニール掛けしてる本屋が大半ですよね。だから冒険を試みるか一歩が踏み出せなくてご縁がないままかのどちらかです。すでに佳きおつきあいをしてる気に入りのマンガ家の新作を追いかけることは容易いですが、まだおつきあいをしたことがないマンガ家の作品はなかなか新しい出会いができません。雑誌を読んでみればよいのでは?と思われるでしょうが、雑誌というものはワタクシの本棚に迎え入れるような類のものでない手軽さと、じきにゴミ扱いになってしまうもの悲しさが苦手なのでして。

自分の本棚に気に入りの本を整然と並べているのは愛おしくなるほどですが、その状態に変化が全くないというのは物足りない。「愛さえあれば金はなくてもいい」というのはなんとも美しすぎる綺麗事で、「愛もほしいけど金がなくては腹が減る」といったところです。でも「愛はいらないけれど金はほしい」は大変淋しすぎる。ベストセラーばかりをしっかり押さえて流行りに乗り遅れないようにするだけの本の読み方はしたくない。

他人様にはかなりどうでもいいワタクシの主義ですね。

(やっとマンガの話が出てきた。だからなによ?みたいなどうでもいい話がまだ続きます。)

図書館

もの凄く本屋が好きなのです。

と、前回と同じ冒頭一文。
久々の更新続き。変にやる気に満ちている。だってホントに夏休みは毎日更新しようかと思うくらいの勢いを持って臨んだのよー?なのに実際は妙にバタバタしちまってブログどころじゃなかった。つーか、マンガもそんなたくさん読む暇なかった。嗚呼、給食って偉大。もちろんきちんと費用は納めてましてよ。

閑話休題、本屋が好きでズラーッと整列した本を見てうっとりするのは素晴らしき哉。でも気に入ったすべての本をウチに連れて帰ることはできない。だって財布の中身は淋しいから。というのが前回の戯言。


生活必要経費がなかなか結構な金額になってきた所帯として我が家が成長し始めの頃、ワタクシは本に金を費やしている場合ではないと思い始めたのでした。
ワタクシは高価な装いになかなかの金銭を費やしてしまう性の人々と同様に、本になかなかの金銭を費やしてしまう人間でした。それが家計を圧迫しなければなんの問題もないといったところですが、本というのもなかなかに結構なお値段のものが多く、また結構な冊数を購入してしまうため、我が家においてはエンゲル係数に対抗できるかもしれぬ本代がやはり見過ごせないものとなったのです。しかもワタクシばかりが本を購入するのではないのです。相方もまた、本にかなりの金銭を費やしてしまう性なのです。自分で稼いだ金銭が自分の為だけに融通を利かせることが出来た頃はそんなことを考えたこともなかったのですが、保護すべきものが確かにいる状況になって次第に心境の変化が。金銭の問題も表面化しつつ、住面積における本が占める割合もなかなかに侮れない状態に頭を悩ませるようになりました。

それを一気に解決してくれたのが図書館でした。
ごく当たり前に存在する施設なのでしょうがワタクシは実はあまり利用経験がなかったのです。小学生の頃には校内のそれを頻繁に利用して多くの本を読ませてもらったのですが、中学生以降はレポート作成のために本を探す程度にしか利用しなくなりました。どういった本もできるだけ自分で本屋で探して手に取り自宅の自分の本棚に持ち帰りたい、という主義のようなものがあったのです。

地域の図書館に初めて訪れた時は感動しました。ここに本屋と同じ空間がある。ワタクシに手に取られるのを待つ様々な本の数々。そこは施設の規模としては小さなものでした。でも自分の本棚を遥かに凌ぐ冊数が存在するのです。興奮が抑えられませんでした。読みたいと思っていた(財布の中身と相談して諦めた)本がそこにもここにもある。しかも金銭を払う必要がないのだ。規定日数で借りることができる上限一杯の冊数を度々借りるようになりました。読み終えて返却しなければならない様々な本も、一時はワタクシの本棚にまるでワタクシのものであるかのように鎮座する。擬似所有とでもいいましょうか。いやそれはもはや擬似恋愛。

ところで図書館に頻繁に通うようになって、ふと気がつきました。
読み始めてどうしても読み進めることが出来ない本というのがあるのです。その時の気分と合わなくなったとか、想像したより面白く感じられないとか。
ワタクシは図書館で試し読みすることなく直感だけで本を選びます。端的に申し上げると手当たりしだい。もちろんワタクシ好みの話と作家の傾向を踏まえての手当たりしだいなのですが、所詮手当たりしだいにすぎないですから「外れる」ということも多いのです。外れればそれらの本は結局読み終えることなく返却することになります。しばらく経って再び手に取りその折は最後まで読み進めるとか、二度と再び手に取ることはなかった、とか後の展開は様々です。

で、思ったわけです。
ワタクシって図書館では随分とビッチじゃない?

本屋では金銭が絡む事態に直面するので本に対してどうしても真摯な姿勢になります。「出来るだけ末永く佳きおつき合いができまうように」と願って購入するのですから。でも図書館は金銭が絡みませんでしょう?だから吟味もそこそこに選べるのですよね、本を。気に入らなければ読まずに返却してしまえば済むだけだし。でも逆に本当に気に入った出会いをしてしまった本が図書館で借りたものであった場合が厄介。結局本屋に足を運び、ワタクシの本棚に迎え入れることになるのですから。
図書館に行けばその気に入った本はあるのだから、別に購入する必要はないのじゃない?と思う人はお金がしっかり貯められる人だとワタクシは思います。ワタクシは気に入ればどうしても自宅に招き入れたいのですよ。手元に置かないと淋しいのです。

そこでつくづく思いました。
ワタクシは遠距離恋愛には向いていない。
そしてワタクシは熱くなった恋に対して自分でも思わぬ以上に執着がある。


(また続くのですよ。しつこくもこれはマンガの話も含んでしているつもり。)

本屋

もの凄く本屋が好きなのです。
もっと若くてもっと色気づいていた頃には服屋も靴屋も化粧品屋も好きでした。一番好きだったのは呑み屋だったけど。

「装う」ことが自分の日常の作業に不必要に感じるようになってしまってからは服屋等に足が向かなくなってしまったのは一応女としてどうかと疑問を持っている部分もあるし、逆に余分なものを削ぎ落としたようなさっぱりした部分もあります。
呑み屋は今でもかなり好きなのだけど、食べさせなければいけない家人を抱えているので、淋しいけれど全く行くことができません。でも家でも呑むことはできるしって思ってるあたり、たんなる酒好きなのでしょうが。


本屋はワタクシのいつもどんな時代も殿堂入りクラスの最も大好きな場所です。多分一生そうなんだろうと思うのです。ネット書店というのはとても便利なもので数え切れないほど利用していますが、現実の本屋には絶対敵わないのです。こう、本がズラーッと並んでいる強烈なまでの圧倒感。あれがたまりません。
テレビでアマゾンの倉庫を見たことがあります。そこはとんでもない広さで本が夢のようにズラズラーッと並べられていました。あそこから自分の家のパソコンから注文した本がやってくるんだな、と思ってはみたけれど、それは自分の目の前にあるものではないのでなんとなくつまらない気分になってしまいました。本は実際に自分の手で取ってワタクシの本棚に連れて帰りたい。どんな高価な服や鞄より、本がワタクシには価値あるものなのです。服屋等に熱心に通ったようなもっと若くて色気づいていた頃でさえ、ワタクシは本の方が扱いや整理に熱心で注意深かったのです。

人が一生に読める本の数なんて、どれだけ努力しても高が知れていると思います。好きだからより多くを手にして読みたいと願っても本を読むだけで生きていけるわけではないですから、大抵の一般人はやはり一日のかなり多くの時間を各々の決まった作業のために費やすしかないのです。だから休日丸一日好きなだけ本に没頭できるとしたら、それは最高級の贅沢だと言えるでしょう。
更に、本好きならばより多くを自分の手元に置きたいという欲望があるのではないでしょうか。それは住環境のそして生活環境との兼ね合いがかなり厳しくあるところでありましょう。ワタクシもやはりできるだけ多くの本を手元に置きたいのです。しかし際限なく置けるわけではないし、第一際限なく買えるわけではありません。

自分の本棚を見て満足します。これだけのものと自分は出会った。それは良い出会いだった。そして今後も末永くおつき合いくださるよう宜しくお願い申し上げます、という気持ちです。でもまだまだ出会っていない本がワタクシを待ってくれているに違いない、と期待して本屋に足を運ぶのです。そして本屋にはやはりまだ出会う機会があるかもしれない本が山のように姿勢正しく並んでいます。興奮します。こんなにも多くの本がワタクシに選ばれる時を待っている、と。

実際は「えへへ、良かったらウチの子になってくれませんか?」なんて思いつつ、財布の中身を見て落胆して「すみません・・・ご縁がありましたらまた・・・。でも、でも、ホントにあなたとは末永く佳いおつき合いができるかと思ったんだからね!」ということがしばしば。ウチはそんな裕福ではないですから。本ではメシは食えないのだ。うう、淋しい。

でも本屋にいる時はどんな本も自分のものだ!と錯覚してしまえるから好き。

これって女性が高級宝飾店なんかで「眺めているだけで幸せ」っていうのと同じなんでしょうね。



(マンガの話でないようでマンガの話も含んでしているつもり。この話まだ続きます。)

いらっしゃいませ。

ツモ

Author:ツモ
30代後半女。
→四十路突入。
→もうすぐバカボンのパパ越え。
→日本女性の平均寿命に向かって折り返し地点あたり。別にそこまで長く生きたいわけでもない。とりあえずの目標はこの先20年くらい。

暴れまわった娘時代の反動か、自宅にひきこもりがち。相方、娘二人と古都の端っこで地味に暮している。


気まぐれにしか更新しないくせに、記事がやたらと長くなる傾向にある。

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