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流行性感冒

インフルっすよ。
ええ、インフルエンザなんですよ。
いや、まあ、上の娘のことなんですけどね。

昨年度の新型やらなんやらの猛威の中ではケロリンパとしていたくせに。いやいやありがたいことではあったのですけれどね、すわ学級閉鎖や学校閉鎖やって大変な状況でしたから。


タミフル処方されたんですけどね、ものすごい警告文付なんですよ。

「10歳代の患者様へのタミフルの使用を差し控えるようお願いしています」

えー!?ってええーっ!?って感じっす。
もちろん医師から「有効性が優れている」点と「あくまで異常行動の発生というのが極々稀」と重々説明を受けた上で服用を勧められたのですが、でもその「万が一」を恐れる親心ってヤツなわけで、ものすごく生真面目に目を離さないように努めるようにしても、感染から間逃れ元気な下の娘の幼稚園への送迎とかあるし、PTA役員の会議入ってたりもあって。(欠席させてもらったけどね)
なんか、働くお母さんはこんな事態をどうやって解決してるんだろう、と疑問に思いつつ、きっと上手にこなしているんだろう、と勝手に感心もしたり。



病人のためにおかゆを炊いていると自分が幼い頃を思い出す。
ワタシは扁桃腺が派手に腫れてよく高熱を出す子だった。よほど幼かった頃は母がずっとそばについていてくれたと思うがそれはあまり記憶になく、小学生になると母はガチで働く人になったのでひとり留守番しつつ寝込んでいたように思う。相当具合が悪ければ母も無理して仕事を休んでいたのだろうが、ある程度ならば「昼休みに様子を見に帰るから」と言われ、おとなしくひとりで寝込んでいたと記憶している。

具合が悪くなると食事がまともに取れなくなるワタシだった。とにかく口の中が苦い味で充満していて食欲のかけらもなくなった。唯一母が炊いてくれるおかゆだけは食べられた。米からくつくつと炊かれたおかゆはとろりとのどごしも良く滋味豊かだった。自分のためだけに手間をかけて用意されるおかゆはひとり留守番で寝込んだ自分へのご褒美のようだった。



宮本輝(ワタシはありったけの敬愛をこめてテルさんと呼ばせていただいている)の『流転の海』に、はしかと中耳炎と腸炎を同時に患って生命の危機に瀕している幼い我が子のために父親が鶏を絞めてスープを作る場面がある。

「水は吐いても、わしの作った鶏のスープは吐きゃあせん。もしそれも吐くようじゃったら、あいつはどっちにしても死によるわい。そんなやつは、いっそ早よう死んだらええんじゃ」

我が子を思い丁寧に炊かれたスープである。父親の、我が子を思う信念のこもった命のスープである。どれだけの高価な薬にも優るとも劣らないスープなのだ。

緊迫した場面ではあるがのちに無事病人の子が父親手製のスープを口にし危機を脱する、という展開がわかると、不謹慎ながらその「鶏のスープ」が大層なご馳走に思えた。


回復してきたワタシの娘もおかゆばかりではさすがに飽きがくるだろう、と鶏雑炊をこしらえた。下の娘とワタシもお相伴にあずかったのだが、鶏の出汁がよくでていて大根の葉の塩したのがアクセントになって我ながら良い出来だった。安物のほんのぽっちりの鶏でこれだけ旨味があるのだったら、一羽丸々のスープはどれだけの深い旨味が感じられるのか。うーん、よだれ出る。



朝ワタシの体温が平熱近くまで下がっていたので少しは安心して仕事に出かけた母が夕方に戻る頃ぶり返してしまい結構な高熱になってしまったある時、たぶん具合の悪さから気も弱りきっていたのだろうと思うが、母に
「また熱が上がってごめんなさい、せっかく熱下がってたのにまた上がってしまってごめんなさい」
と泣きながら謝ったことがあった。小学校高学年くらいの頃だったと思う。
「なに謝ってんの、そんなんかまへん。またおかゆ炊いたげるから。」と母は優しく微笑み言った。

母の背後からは朝洗いきれなかったのだろう洗濯機がまわる音が聞こえ、台所では父と弟のための晩ごはんの支度であろう湯気がたっていた。勤めからの帰宅後も母の仕事は終わりではなく、まだまだ一日の仕事の真っ最中であろうことは子供心に把握していた。忙しい母の手を煩わせる自分への情けなさと申し訳なさと、母の優しい言葉が熱にうかされた頭にグルグルとまわってぼうとしていると、やがて「食べれるか?」と母があつあつのとろりとしたおかゆを茶碗によそって持ってきてくれた。

遠き日の甘く切ない記憶である。




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食事が美味しく感じるうちは大丈夫

前回、愚痴と泣き言を吐き出しつつも「大丈夫です」なんて小奇麗なまとめ方をしたのだが、それはかなりワタシの表向きの顔であったと思う。

誤解のないよう申し上げるが、前回述べたことに別に嘘はない。「子の保護者としてのワタシ」は「これからPTA役員に当たりそうで不安を感じている方」に向けて申し上げたことのように思っている。また、「そう思うべきだ」とも感じている。
これは「本音と建前」ともまた若干違うのだ。

大変私的な素の自分のままでPTA関係の人々と関わってしまったら、やはり自分の子に悪影響を及ぼしかねない、と思う。というか素の自分は見事なほどの「ひきこもり性質」なので、とてもじゃないが対人関係で洩らすわけにいかない、というかすごく自分のケツ叩いて必要な分だけの社交をしているのだ。気の置けない間柄でしか出さない素の自分の部分が変な形で露出してしまって「あの変な母親の子」みたいに見られてしまったならば、これほど自分の子に申し訳ないことはない。
変な話だが、人がワタシを見る目はスライドして子を見る。「お里が知れる」なんていうのは結局ベクトルが逆なだけで同じことでしょう?

正直なところ、自分自身のことがどのように言われようが思われようが素の自分としてはさっぱりどうでもいい。ワタシの数少ないプライベートの友人たちは、こういうワタシを面白く感じて長年交流してくれているのだ。素の自分を認めてくれているのである。

子の学校の保護者間の付き合いというのがプライベートの友人となるまで昇華すれば素晴らしいことだと思う。ワタシは挨拶なんかはきちんとするようにしようとしているが、そもそも「親しくなりたい」とまったくこれっぽちも思っていないのである。閉鎖的な素の自分に問題アリ、なのだろうが、友人は頭数よりもその質でないか、と思っているし、マブダチは片手の数いれば十分すぎると思っている。大体上手く歩み寄ったりするのが大変苦手だし、歩み寄りたくなるような「これはっ!」と思える「匂い」がある人に全然出会わない。

出会いがいわゆる「ママ友」で、大変プライベートなマブダチになったのはこれまでに一人だけである。
縁があったとしか思えない。
お互いによく笑い話にするが、ふいに「匂い」すなわち「同類」に感じて歩み寄る瞬間が発生した。恋に落ちる瞬間と類似しているかもしれない。

ワタシは「子を通した顔見知り」の頭数だけを増やすことに特に価値はないと思っている。
女性というのは「その場にいない人」のくだらない噂話なんかを好む傾向に多くある。で、ワタシはそういうものに全然興味がないのだ。
子の親になった時から、人当たりだけは良くするように心がけつつも群れることを避けて基本的に「ぼっち」の立場でやってきたワタシは、噂話があっさり転じて悪口になってしまうケースを多く遠目で眺めてきた。噂話や悪口は一種の保身であろうとは思うが、なんてくだらないやり方だと思う。
ケンカは対面で真剣勝負がスジだ、と思うワタシである。陰口はいただけない。批判は手順を踏んで正当にすべきだし、どうしても吐き出したければ完璧なオフレコのセッティングをした上ですべきだ。

PTA役員といえば大半が生徒の母親で構成される。男性がPTAに直接関わるのは、地元の名士の跡継ぎだったりよっぽどボランティア精神旺盛でない限り、「子供に関わることは母親の仕事」という日本人の典型的な不文律的慣例がある。
すなわちPTAはほぼ母親という称号の女の集団であり、よって「女の性」みたいなものが溢れがちである。

素のワタシはこれらに大変うんざりした。
表向きの顔はいちいち頑張って自分の出来る範囲で誠実に対応したつもりであるが、これも先に述べた「人がワタシを見る目はスライドして子を見る」からであって、本音の自分は大半が
「PTA活動が本当に子たちのためになって、子がお世話になっている学校のためになるのならば、なんら文句は言わないけどねっ」
という気持ちであった。

学校は子が通う場であって、親が見栄を張ったり虚栄心を満たしたりするステージでは決してないのだ。ところがそういったようにしか感じられなかった場面、形骸化して存続する価値のない行事、そういったものがワタシの中で「くだらない!」という負の要素となり、ずいぶんとイライラさせられることとなった。そんなもんだし、と流してしまえるほどに器用でもないワタシには大変しんどい役員任期であったわけである。


自分の好きなことや楽しいことだけをブログに書くもんね♪と思っていても、こんなつまんねー話がぼろぼろ漏れ出して、それはそれですっごい自分に腹が立ってしょうがなかったりする。
自分が関わって感じたことを上手に消化できないことにものすごく腹が立つ。
「ぼっち」気質ならもっと薄情に物事を進めて後で陰口叩かれても知らぬ存ぜぬでいけばいいのに、ヘタレで下手糞なのに上手く調整しようと足掻いたりする自分にも腹立つ。

もうここどのくらいだろうか。家の中のことがかなりテキトーになってしまって自分の苦手な交流と交渉を繰り返す日が続き、ホントにナーヴァスになってしまった。前回の記事はその最高潮時にアップしたもので、自分でも吐き気すらする、いろんな意味で。

でもなんとかかんとか一日一日過ごして、

まあ結局大丈夫なんですわ。
ほら、結局大丈夫なんですよ。一過性、大抵がわずかな時間の我慢とのせめぎあいなのですよ。

死ぬほど大変な事態なんかじゃあない。
ワタシはかつてこんなもんより大変な思いをしたことがあるはずだ、と再認識したり。うん、落ち込んだりもしたけれどやっぱあれほどたいしたことじゃあなかったわ。別に誰も倒れたり死んだりしてないし。



ふと、今日になって佐藤初女さんのことを思った。
佐藤初女さんのことを初めて知ったのはku:nel vol.7の料理研究家高山なおみさんの記事で、である。
「素朴であっても誠実な心が生み出す食が人の心を救う」といったその記事はワタシの心に大変深く刻み込まれた。
のちに『おむすびの祈り~「森のイスキア」こころの歳時記』という集英社文庫に出会い、ほろほろ泣きながら読んだ。
特に「ヴァレー神父様とHさん」の逸話がもう泣けてきてどうしようもないのだが、今この文を書くにあたり確認の再読をしていたならば、たまたま宇多田ヒカルの「This Is Love」が流れてきて、そうだよね、愛、だよね、と思うと今性根のへたっているワタシ号泣。
奉仕の精神なんてワタシの理解できる世界でない。少なくともワタシになんら信仰の思いがない。しかし多くの宗教が発信の自由のある日本でそういった信心のないものにもありがたく感じる教えを語ったりする。そういう無償の善意は心に響いて切ないほどにありがたい場合もある。ゆえに「神様的なエライ人が見ている」とかぼんやり感じる程度になにものかいるかもしれない大いなる存在的なものに願ったり感謝したりする次第である。


「食事が美味しく感じるうちは大丈夫」がワタシの信条だ。
それは内的も外的も同じである。一人呑みも同様だ。

ここしばらくむやみに食べて呑んで、なんら佳き気分を感じなかったワタシが昨日なんとなく残りごはんでおかゆを炊いてむさぼるように食べた。食後思わず独り言で「ああ、美味しかった」とふいに言った。白菜の塩かけたのと納豆がお供だった。それしかなかった。でもホントに久しぶりに美味しいと感じたのだった。

穿った見方だが、もしかしたら落ち込んだ気分を一新するためにあえて自己暗示的に「ああ、美味しかった」と言ってしまったかも、なんて考えて、今日も残りご飯でふつふつとおかゆを炊いてみた。家人はみな出払っていてひとりきりの真昼間、炊き上がった粗末なおかゆを、小松菜をきざんで塩をしただけのものと納豆、下の娘のお弁当のおかずの残りの玉子焼き、ブロッコリーといんげんの合えて塩とオリーブ油まぶした昨日の晩のおかずの残りといっしょに、とにかくはふはふずるずると食してみた。なんだか夢中でお椀たっぷり一杯食べて、「ああ、美味しかった」とやっぱり思わず口から言葉が漏れ出た。


ああ、ワタシは大丈夫だ、そう思った。




神様的なエライ人が見ている

情けなくもネガティブなことを吐き出したりもしたが、年明けの馬鹿デカいPTA行事をなんとかかんとか無事やり終えて、ほっとしたのもつかの間、いよいよ後任者を決めなければならない時期が近づき、またもや大変鬱々としていた。

ワタシはとにかく表向きの印象と違って大変人見知り且つひきこもり(笑)な性分なのだ。
後任のお願いを打診したとしてその人に一刀両断に拒否されたりしたら途方にくれてしまう。「ほかにも人はたくさんいるでしょ!?とにかくうちはイヤだからねっ」的にあまり面識のない人に噛み付かれたりなんかして、激しく落ち込んだりする。
年末あたりからとにかく後任者探しを想像しただけで苦痛で苦痛でしょうがなくて、もう現実逃避で酒呑む。でもいくら鬱々としたところでやらなあかんもんはやらなあかんわけで。

グズグズしまくったあげく、ようやっと行動開始。人見知り且つひきこもり(笑)にはなんという苦行。


子供の学校PTA関係のことなんかでなんだかんだ言ってもきちんと仕事を引き受けてこなす人というのは善意のある人なわけだ。
その根本は「子供がお世話になっているところのことなのだから」である。でも善意はすべての人にあるわけではなく「逃げるが勝ち」なケースが多々あるのだ。

ワタシだってもうPTA役員なんぞできればやりたくない。でもまたいつか順番がまわってきたならば、とほほ、と思いつつも引き受けるのがスジだと思う。順番がまわってきても絶対やらないからねっなんて横暴な拒否は決してできないし、しない。
「善意がある人はやっぱり協力的だし、結局お人好しの面々でPTAはなんとかまわってるよねー」とあるPTA委員さんが言っていた。公正にくじびきで役員選出したところで当たったにも関わらず逃げるヤツは逃げる。一応引き受けはするものの一切なんら仕事しないヤツもいる。どうしてそんな勝手なことができるんや!?と思ってしまうが実際そういうケースは多いのだ。

で、子供はやっぱり親の振舞いを見ていると思う。
イヤだからといって逆切れしつつ逃げたり、ほかの人に押し付けて自分はそ知らぬ顔をしたり、そういうことをしているとつまりは自分の子だってそういう子になってしまう、とワタシは思う。
「わがまま勝手」は「要領がいい」とは決してイコールではない。もちろん過ぎたお人好しが馬鹿を見ることも事実で、でもなんか神様的なエライ人がきっと自分の振舞いを見ているとも思っている。


当ブログに訪問してくださった方の中に、これからお子さんの学校PTA役員に当たりそうで不安を感じている方がいらしたら、と想定してワタシの拙い経験に基づき申し上げる。

はっきり言ってめんどくさいです。
でも、学校のことがあれこれ身近になる安心感のような気持ちも得られます。
「わがまま勝手」な人に直面したりしてイヤな思いをすることはたくさんあります。
でも、必ずそれ以上に「善意のある人」にも出会え知り合い、めんどくさい仕事を一緒になんとかこなしていくうちに友達になったりもします。
無理に頑張ったりする必要は全然ないので、自分の責任の範囲の仕事をきちんと片付けていれば任期はあっという間に満了しますから不安をつのらせることはないです。
なんとかなります。人見知り且つひきこもり(笑)のワタシでもなんとかやっています。
大丈夫です。




リアル遠足

グダグダの正月三が日、某巨大掲示板の某まとめサイトのある記事のタイトルに目が留まった。


「ニートで馬鹿だから歩いて出雲行った」



某巨大掲示板の某板で徒歩や自転車で旅をする人の実況的スレッドをリアルタイムで追いかけたこともあったし、旅行中の写真をひたすらアップしたスレッドをまとめたものとかも結構好きでちょくちょく見ていたので、ワタシはいわば「紀行スレッド」が好きな傾向にあると思う。


で、その「ニートで馬鹿だから」の記事に目を通し始めたところ、スレ主が「ニートで馬鹿だから」シリーズとして前々からいくつもスレ立てしている人であることを知り、それらが多くまとめサイトに取り上げられているということがわかり、自分でWEBサイトを持っていて書籍化もされているということまでわかった。某巨大掲示板でスレ立てしたものはスレ主曰く「写真の再利用」とのことである。


「ニートで馬鹿だから」シリーズのまとめ記事を全部読み終えてスレ主のサイト「スカラムーシュ」へ。

それらの旅を主は「リアル遠足」と称していた。
まとめサイトで見た記事は写真だけだった。
「リアル遠足」の本来の公開記事は写真を背景利用した紀行マンガだった。

作者は大阪在住の自称ニートの男性。実際無職らしく、ことあるごとに自分の存在すら卑下するような言葉を繰り返し記述している。
数年前から「リアル遠足」と称した徒歩の旅をした記録をマンガ化して自分のサイトで公開している。
もしこの「リアル遠足」がウケを狙ったようなものだったならばワタシの関心もあっさり終了だったのだが、数多のログを読み進めるにつけ作者の明後日の方向に向いた気力に魅せられてしまった。

「リアル遠足」はまさに徒歩の旅なのだ。
企画当初は比較的近距離(とはいえかなりの歩数なのだが)の徒歩の旅だったものが、どんどんその距離が伸びていっている。
旅路の途中の名のあるものから名もなきものまで多くの神社仏閣に参拝して最終目的地を目指しているのだが、いずれの参拝ののちにも「ありがとうございました」と頭を下げる作者の画が描きこんである。
そこがワタシを惹きつけた。

彼は確かに無職で所謂ニートであるかもしれない。しかし旅路で出会った人々とごく簡単ながらも会話したり交渉したり触れ合ったりするコマがあるのを見るに、作者本人が卑下するような社会不適合者ではないと思う。
ワタシが思うに、彼は努力や我慢の方向が一般的とは違って明後日の方向を向いているだけだと思う。


リアル遠足「伊勢」の五日目、朝日に照らされる大日如来像に感動を覚える作者にこちらも胸が熱くなる思いだ。
「・・・出来過ぎだ」と作者本人が感動しつつもおそれおののいているかのような描写のコマがある。
こう言ってはなんなのだが、本当にバカだったら大日如来像を朝日が照らすことに感動なんかしない、のではないか。そもそも大日如来がなんなのかもわからないと思うし、ホンモノのバカ者は参拝なんてしないと思う。そういった敬虔な気持ちの一端があるかないかは重要だと思う。

信仰的な意味ではないのですよ?でも神聖な場所であるかどうかくらい空気でわかるじゃん?みたいな、そういった話、です。


「リアル遠足」全編において淡々と旅路が描かれているだけである。大きな事件があるわけでもなく、むやみな感動場面をこしらえてあるわけでもない。
あくまで徒歩紀行記録マンガに過ぎないのだ。
しかし逆にストイックさを感じ、混沌とした当世にあるシンプルな感覚を見る思いである。


2011/01/15


寝床でも読みたいようなまったり系だったので買ったよ。




みんなのヨドバシカ、メ、ラ~♪

3連休後から娘たちの学校と幼稚園が始まった。
ようやっと平常運転に戻ってほっとする、というわけには容易にはいかず。
なにしろ娘たちの長い長い冬休みに便乗してワタシ自身が心身ともにグダグダ状態になっちまっていたものだから、平常運転の妙に気忙しいノリに、あわわわあわわ~~~、ってオロオロしてしまう。

とりあえず寒くて冷えてたまらんし平常運転の勘がなかなか戻ってこないけれど、でもまあ1週間なんとかかんとか過ごせばいつしか、はい元通り♪ってなるだろうしさー、なんて思っていた昨日早朝、


ガスファンヒーターがブッ壊れた。
我が家の暖房器具の大黒柱が逝ってしまった。
ゾクゾク冷える早朝に絶望感。


エアコン、あるにはあるんだ。
うちは借り物古マンションでエアコンはありがたくも設置されているのだけれど、これがもう残念なくらい古びてしまって最新機種みたいな優秀さがまったくない。
壊れているわけではないのだけれど古いから機能性がかなり悪く、冷房も暖房もこちらが快適と思えるところまでの働きができない。あくまでそれなり、にしか働けなくなっているのだ。
だから夏場は扇風機と併用で騙し騙しに稼動し、冬場はガスファンヒーターとこたつで過ごしていたわけである。

絶望感に黄昏つつもとにかく寒くてしょうがないのでその場をしのぐためにエアコン稼動してみたけれど、ダメだね、もう全然ダメ。もうなかなかなかなか暖まらない。
この冬はホント久々に、寒いじゃねーかこのヤローッ、て具合なもんで、そんな古エアコンでしのぐには無理がありすぎる。絶対風邪ひくしコレは、と危機感すら感じたので、下の娘を幼稚園に放り込んでから早急に某大型家電量販店に向かった。


なにが悩んだって、配送してもらうか持ち帰るか、ということ。
壊れたものと同タイプのものでも梱包された状態で7~8キロ。歩いて5分の距離だったら少しも悩まないのだが、近いとはいえ電車で来た距離なのだ。重みはじわじわ腕に来るのだ。

結局どう考えてもガスファンヒーターの速攻温風攻めを配送されるまでの間待つのなんか無理、寒さに耐えられない、という結論のもと持ち帰ることに。店員のお兄ちゃんに「あの、結構重いですよ?」と若干心配されていたようだが。

おかげで本日は腕と背に痛みというか疲労を感じるのだが、それでもおニューのそれの速攻温風は快適だ。この週末はドえらいこと寒くなるらしいので、とっとと持ち帰っておいてよかった。
相方には「結構重いんだからちょっとお金かかってもタクシーに乗るとかすればよかったのに」とか言われたのだが、配送料をケチるワタシがタクシーなんぞ乗るわけなかろうよ。駅からは自転車の荷台に乗せて持って帰ったんだぜ?

若かった娘の頃、さんざん呑んでタクシーで深夜結構な距離を帰ったりしたワタシはもういないのさ。
「今からお店ですか?」なんて運ちゃんに聞かれたことはざらにあった。バブル経済のなごりのあった時代、ワタシはそんなおねーちゃんだったのになー。
でもママチャリ命の今の自分に後悔はない。



冬将軍の本気には勝てない

あけましておめでとうございます。
旧年中、気まぐれ且つぐだぐだ運営の拙宅にご訪問いただいた皆様に感謝です。
コメントや拍手して下さった皆様には最敬意で、ははぁー!と平伏します。
本年も気分任せの運営になるかとは思いますが、はっ、ピーン!とある日ある時突然思いついたことをだらだらと書くのをワタシが勝手に楽しんでいる「チラシの裏」的拙宅をお気に召していただけたら幸いです。



この年末年始は相方の里に帰省する予定でした。
で、予定は未定、ってやつだったわけで。

相方が昨夏あたりから超過密スケジュールで仕事していて、土曜も日曜も休日も、なにそれ?美味しいの?状態なもんで、大晦日に出発、正月2日に帰宅という予定でした。

帰省する、っていうのは、あれなんでしょう?すぐ帰ってくるのに冷蔵庫をからっぽにするための炊事計画を遂行する。普段多少古びた食材も平気で使っちまうくせに。
で、それをまさに実行していたわけさ。


嗚呼、大雪。
いや、ホンマもんの雪国にお住まいの方々に叱られそうなちゃちいレベルに過ぎない降雪だったんですけどね。
うちと相方の里との移動経路は一般道ほとんど走らないdoor to door高速道路一本状態なんですが、スタート地点でいきなり高速道路通行止め。そんなんこの近辺でワタシの記憶にあるうち一度もないわっ。で、別ルートの高速道路がまだ生きていたのでそちらに向かったのですが、それも通行止めになってしまって渋滞のあげく強制的に出口誘導。一旦自宅に戻り、さらに大きく迂回するルートを検討したのだけれど、何処も雪であることに変わりはないだろうことは容易に想像でき、っていうかネットでその検討したルートのライブカメラ映像見たんだけど、どこの雪国か!?みたいな状況ばかりだったわけで。

悩んだ末に帰省は急遽中止。姑にお詫びの電話をいれ、しょうがないねー天気には勝てないよねー、なんつってたのはいいんだけんども、おいおい冷蔵庫からっぽだぜ!?うちに食いもんはなんもないぜ!?ってことで、緊急買出しに出かけた次第。
高速道路のSAで昼兼ねるおやつになんか食べるつもりだったので、買出しに行った時点で家族全員腹ペコ状態。もうとにかくわんさか買出し。とにかく帰ってすぐ食べられるお寿司なんかもどっさり。結局ガキの使い見ながらビール呑みつつ、お煮しめ炊きながらの年越しでした。


元日、まだまだまだまだ寒風吹きすさびまくり。朝兼ねる昼の新年一発目ごはんがこれ。

2011/01/02-01


信心のかけらもない我が家は初詣も気まぐれにしか行かないだらだらっぷり。で、昨秋にオープンした大型家電量販店にぶらりと出かけてみた。テナントに「ジャンプショップ」なる少年ジャンプのグッズ直営店(?)があり、入手した『銀魂』のエリザベスのハンドタオル。

2011/01/02-02


下の娘が幼稚園に持って行くらしい。



今年もどうぞよろしく。





いらっしゃいませ。

ツモ

Author:ツモ
30代後半女。
→四十路突入。
→もうすぐバカボンのパパ越え。
→日本女性の平均寿命に向かって折り返し地点あたり。別にそこまで長く生きたいわけでもない。とりあえずの目標はこの先20年くらい。

暴れまわった娘時代の反動か、自宅にひきこもりがち。相方、娘二人と古都の端っこで地味に暮している。


気まぐれにしか更新しないくせに、記事がやたらと長くなる傾向にある。

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