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雪といえば

ワタシの暮らす地域は「冬は底冷えする」なんて言われているが本当に冬が厳しい地方からみれば高が知れていると思う。大体近年は冬とはいってもさほど長くはなく、「寒い」と感じても「冷たい」とまではそう思わなかった。

いやあ、もう今冬はハンパないっす。
寒い、を通り越して、冷たいやらなんやら。
大晦日の雪にはまいったけれど、でもまああの日が特別すぎただけだし、なんて思っていたのに。
ザカザカ降るじゃない。一冬でこれだけ降雪があった冬は記憶にない。もちろんガッツリ積もるような地域ではないけれど、わずかながらでも積もりやがるわけで。それでなくとも厳しい冬の地方の方々の豪雪すぎるご苦労がしのびない。


さて、昨日の真昼間からの結構な降雪にふとある小説を思い出した。
京極夏彦の『鉄鼠の檻』である。京極堂シリーズ中ワタシが最もお気に入りのものだ。
「憑物落とし京極堂シリーズ」は「百鬼夜行シリーズ」と呼ばれるのが一般的なのか?ともかく相当にメジャーなシリーズなので今更説明の必要はなかろう。『鉄鼠の檻』はこのシリーズの4作目に当たる。

1作目である『姑獲鳥の夏』から2作目『魍魎の匣』3作目『狂骨の夢』、で4作目『鉄鼠の檻』と、この4作がワタシは大変面白く思う。繰り返し読み直すのはいつもこの4作のいずれかだ。
もちろん5作目から番外編についても面白く読んだし読み直しもしているのだが、先の4作はことさら印象深く大変素晴らしく面白いミステリと感じている。
飄々としたいさま屋がメインに立つ『狂骨の夢』もかなりお気に入りのなのだが、重厚さで『鉄鼠の檻』を一押ししたく思う。


一度読んでトリックや謎解き、犯人もわかってしまっているのに、また読み直してそれから何度も繰り返し読んでしまうミステリは大変優れたものだろう。というか、あらゆる読み物で結末をすでに知っているにも関わらず繰り返し読みたくなるというものはすべてその読者にとって優れた読み物である。

読み物にしろ映画やドラマにしろ、一度読んだり観たりするだけ、という人が実は結構世の中に多くいるみたいだ。面白かったにしろ面白くなかったにしろ、とにかく再読再観しないタイプの人をワタシはもったいないと思ってしまう。
再読再観で印象が変わるとまではいかなくとも、「おお、なるほど」と思ったり「ああ、そういうことか」と思ったり、と描写や行間の含みを想像したり、初見でそれほどどうとも思わなかった場面で改めてジーンと静かに感動したり、戦慄したり、をする楽しみは2度目以降と思うからだ。
もちろんワタシにも好みが合わなかったりして再読再観どころか一度目で途中放棄してしまうものだってあるのだが。



『鉄鼠の檻』のどこに魅力を感じているのか。
事件の舞台が厳格な寺であるところがワタシのハートを鷲掴みといったところか。異空間のような世界観がどんどん俗っぽく崩れていくところにゾクゾクする。

と、書いてみたものの実は久しく読み直しておらず細かい点は記憶が定かでないので、しまいこんでいた場所から引っ張り出してきて読み直し始めたところである。


2011/02/15


ホンマこのシリーズはブ厚いでー。





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巻き寿司

節分といえば「豆まき」と「鰯」に「巻き寿司」、これがワタシの生い立ちですりこまれた慣習である。
それらはワタシがかなり幼かった頃から毎年必須の季節縁起だった。節分には家族で「鬼は外ー!福は内ー!」と言いながら本気で豆をまき、夕食は鰯の塩焼きに巻き寿司を丸かぶりするのだ。

「生の鰯の頭を柊の枝に刺して玄関先に吊るしておくと鬼が鰯の生臭さを嫌って柊の葉のトゲトゲを痛がってつまりは厄が祓われる」なんて小学校の先生が話してくれたこともあった。さすがにそんな鬼トラップを用意したりはしなかったがせめて鰯を焼く臭いで代用といったところで母が塩焼きを用意していたのだと思う。


で、「巻き寿司」である。
「恵方巻き」なんていわれてもワタシはピンとこない。
それは商業戦略的なアレってやつですわね?

思えばワタシが小学生の頃なんかに同級生にリサーチしてみても「どうして節分だからって巻き寿司?」みたいな反応だった。「豆まき」はまあ家族イベントとしてやってても「だからなんで巻き寿司?」みたいな。


相方と二人暮らしの時は買ったほうが手間も経費もかからなかったのだが、家族の頭数が増えるにつれ圧倒的に作るほうがお安くお手軽になった。
相方は東海地方出身で、やはり「なんで節分に巻き寿司?」の人だったが、否応なくワタシが用意するものだからすっかり慣例化したようである。今年はあまりの多忙ぶりで無理だったが例年家族の先頭に立って本気で豆をまいている。娘たちは生まれたときからそれが当たり前のものとして楽しんでいる。そのすりこみはワタシの母から受け継いだものである。


恵方巻きの全国展開的なものはここ10年とかの近年の商業戦略によるものであろう。
ではワタシの幼少からの「節分巻き寿司」文化は一体どういった発端なのか。もう35年以上の慣習なのだ。

首謀者である母に問うてみた。
「お父さんの昔勤めてた会社の社長のおばあさんが教えてくれたんやわー」

つまりはワタシの父が長く勤めていた会社の大奥様が、
「大阪では古くから節分には柊に生鰯の頭の鬼トラップを設置し巻き寿司を食べて厄を祓ったのやよ」
と地方から出てきた若い主婦であったワタシの母に教えた、ということである。以来母はそれを自分のできる範囲で忠実に守っていたわけだ。

これをふまえて更に独自に調査してみたが「節分巻き寿司」の発端は云われが様々にありすぎてどうにもはっきりしない。推測するに古く大阪の一部の文化だった可能性をみる。なんにせよワタシはそれを受け継いだひとりなわけだ。


「由来がはっきりしない商業戦略にのせられた恵方巻きなんて認めないっ」なんていう人々もきっと多くおられるのでないかと思われるが、「正月にはお雑煮とお節」「感謝祭には七面鳥」みたいな季節縁起はそれはそれで悪くない、とワタシは思う。テーマパークだってわかっちゃいるがのせられて楽しむがサイコー、みたいな、そんなものだ。



ということで今年のうちの巻き寿司。


2011/02/05


季節縁起を賞賛したりしつつも「恵方巻き」という言葉に眉をひそめるひねくれもののワタシ。
「巻き寿司」なのよっ。吉方角なんて知らないわよっ。





いらっしゃいませ。

ツモ

Author:ツモ
30代後半女。
→四十路突入。
→もうすぐバカボンのパパ越え。
→日本女性の平均寿命に向かって折り返し地点あたり。別にそこまで長く生きたいわけでもない。とりあえずの目標はこの先20年くらい。

暴れまわった娘時代の反動か、自宅にひきこもりがち。相方、娘二人と古都の端っこで地味に暮している。


気まぐれにしか更新しないくせに、記事がやたらと長くなる傾向にある。

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