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ひとりサマータイム

あまりの寝苦しさに目が覚めた午前5時。
エアコンは午前3時半に切れるようにタイマーをかけていた。
室温は32℃になっていた。

すばやく換気のために窓全開、玄関全開にするも風はあまり通らず。扇風機をどの角度と方向で回せばより効率良い換気ができるか悩む。次第に空気が流れ始め一息つきつつ、爆睡の家人らを見て、よくこんな状態で寝られるもんだ、と感心する。

一旦起きて活動してしまうともはや眠気はどこぞに行ってしまうので家事を始めようかと思ったが、なにしろ家人らが就寝中につきできる事が限られてしまう。しょうがないのでとりあえずひとり朝ごはんの午前5時半。
外を眺めてみるとちらほらと活動している人の姿が見られたのがいずれも結構なご年配の方々ばかり。ワタシも仲間か!?と思ってしまった。

夜明けとともに活動開始、夕暮れとともに活動終了、というのは大変理にかなったことだと、この歳になってわかるようになったのだが、コンクリートジャングルで闘うサラリーマンにはどう考えても合わないものだし、若者たちが夜の街ではしゃぎたくなる誘惑の甘美もよくわかる。そもそも日本の夏は湿度が高くて夜間も熱帯夜ばかりだし、サマータイム制度も合わない気候だと思う。


上の娘が定期考査前で一応テスト勉強しているみたいで、彼女の要望により本日は昼過ぎからエアコン稼動。
狭い我が家だが、エアコン1台で家中をカバーしようとしているため、さらに狭い範囲に皆集まってガサガサ活動。エアコンで涼しいと言えば確かにそうだが、一部屋の人口密度がぎゅうぎゅうに高くなってしまって暑苦しいと言えば確かにそう。





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暑さ我慢ゲーム

現在室温34℃。
エアコンつけてません。扇風機2台酷使。窓全開だけではどうにもならんので玄関のドアも朝から全開で開けっ放し。防犯もなにもあったもんじゃあない。
当然暑いのだが、風が、例え熱風でも風が家の中をごうごう吹き抜けて行ってるだけ全然マシです。昨日に比べれば本日は湿度が下がってるし。


「節電」のために我慢しているわけではない。
仮に今エアコン稼動したところで、室温設定27℃で稼動、扇風機併用したとしてもおそらく室温はせいぜい31℃くらいまでしか下がらないのだ。古いマンションの最上階は熱地獄なのだ。焼け石に水、って感じで電気代食うだけなので。

PCがかなりの熱源なのだが、「エアコンつけてPC切るか、PCつけてエアコン切るか」の選択にあっさり後者を選択するのがアホとしか言いようがないうちの連中。もう少し外気温が上がればさすがに前者を選択するだろうが。

昼ごはんはもうヤケクソ気味にカレー作ったった。
汗かきまくってハフハフいいながら娘たち食べてた、「美味いよねー」なんて言っちゃって。ワタシも食べたけれど確かに美味かったわ。
もうよくわからんテンションで、日中の最高気温をマークする時間にわざわざ用事済ませに下の娘をお供に外出したった。下の娘、張り切って自転車乗っちゃって、ワタシは引率するためにランニングするしかなくて。わざわざランニングの格好に着替えて炎天下走って。帰ってすぐに水浴びて。もう偽ビール飲んじゃって。グビグビ飲んでも少しも酔いやしねぇ。水と変わらないぜ。


空を見上げれば完全に夏空。でもまだ梅雨明けてないんだよね?どう見ても完璧な夏空なのだが。
節電に協力、というより、昨夏電気代がシャレにならなかった(本気で泣いた)教訓からの「暑さ我慢ゲーム」状態の我が家。昨日接待で明け方まで飲み会だった相方が昼にフラフラになりながら帰宅して倒れていたのだが、あまりの暑さに今起きた。ご苦労さん。


夜間はもちろんがっつりエアコンかけます。
鉄筋コンクリートの保温効果で夜間の方がよほど地獄。寝てる間にあの世に行けるくらいに。




土鍋ごはん

ワタシが鍋でごはんを初めて炊いたのは学校の調理実習だった。文化鍋で炊いて、フツーに美味しく炊けた記憶がある。意外と簡単だな、と思ったことも覚えている。
飯盒炊さんは何度も参加はしたけれど、あれは何故かヤローどもが熱中してしまう代物で女子供の出る幕はねえ、って感じだった。


さて、うちにある土鍋でごはんを炊いてみた。

2011/06/24


炊けたね。
フツーに炊けた。
簡単だったね。
美味しかったさ、フツーに。



こちら近畿圏も「節電」で大騒ぎ。
で、ネットの海をふらふら泳いでいると、多くの節電アイディアを見ることができる。PC稼動がそもそも本末転倒、というのはよく理解しているが、電力使用状況を報道しているのはテレビだったりするわけで。あちらこちらで本末転倒。


閑話休題、うちの炊飯器がもう古びてて。いつダメになるかわかりゃしない14年モノ。で、もし突然壊れても鍋でごはん炊けるなら問題ないよなー、と前々から思っておりまして。

土鍋は相方が独身の頃から持っていたもので、安物なのだろうけれどなんかずーっとフツーに使ってるものだ。水炊きしたりおかゆ炊いたり、残り冷やごはんで雑炊したり。
ごはん炊き用の土鍋とかあるらしい。でも別に無理して買わなくても大丈夫さ、実践済み。


「鍋で炊いたら本当に美味しい!」
「炊飯器とは全然違う美味しさ!」

といった賛美をかなり見かけたのだが、なんかそこまで持ち上げるのもワタシにはイマイチ。
一方を貶めて一方を褒める、ってのは好きじゃない。

ライフスタイルに合わせて調理方法も家電も選べば良いと思う。



節電を訴えられて、そりゃあ自分達にできることしようとは思ったりするけれども、あの電気無駄だよね的なものを外に出るとゴロゴロ見かけてしまい、家庭に訴えるのも大事だろうが、外のどうでもいいような場所にも電気使いすぎって思えるものが多い。

いろいろ見直すべき時なのだろうけれど、果たして。






君に会うために

破壊と汚染によって人類の生存が不可能となってしまった地球を離れ、別天地を得たはずがいつしかまた湧き起こる人類の母なる地球への思慕。
これは多くのSF作品に見られる最大のテーマであろうと思う。

ワタシがこのテーマで一等先に思い浮かべるのはやはり竹宮惠子『地球へ・・・』である。
『地球へ・・・』は語るまでもない名作なのだが、如何せん人類のアイデンティティを追及した末に夢も希望もない壮絶な展開がこれでもかこれでもかと押し寄せてくる。繰り返される生と死の気の遠くなるような繰り返しの中で”地球”への思慕が記憶にわずかながらにもしかし確実に継がれていくことを、奇跡だと感じるか哀しいと感じるか。


OVA『FREEDOM』も、地球は人類の住める星でない、という常識を植えつけられていたはずの少年が偶然にもその目で青く輝く地球の姿を見てしまったことから物語が動き始める。
しかし少年の心を真に動かしたのはどうということもないたんなる”ひとめぼれ”なのだ。

少年の暮らす地は月面の都市エデン。高度な科学文明に保護され管理されたエデンは少年には退屈でありながらも平和で、やんちゃに暴れるくらいしかすることもない日常だった。ある日偶然にも一枚の写真を手に入れ、写る少女の姿にひとめぼれしてしまい、その写真が地球からのものだと確信したならば、後先考えない向こう見ずな勢いで、ただその少女の”会いたい”一心だけで、地球へと旅立ってしまう。

少年の”ひとめぼれ”が、「むこうは滅びたかもしれない」と思っている地球と、そう思想統制している月というふたつの地で生きる人間たちを大きく動かすことになる。



設定の細部に至るまでのしっかりした作りを求める目の肥えたSFファンの方々には消化不良の点や説明不足に苛立つ点も多く見られるのでないかと思う。また、少年の”ひとめぼれ”という想いが物語りを動かすきっかけになる点にご不満を持たれる方々もおられるだろうと推測する。

けれどワタシは、少年たちの直情的で浅はかな考えで向こう見ずに疾走する姿こそ面白いと思った。


地球にたどり着いた少年たちが写真の少女を探し破壊の爪あとが生々しい文明が崩壊した北米大陸を彷徨う画は若々しさがあふれたロードムービーさながらで、そも物語全体において『FREEDOM』は少年たち、若い世代の人々のロードムービーだ。
少年少女たちにとって”恋”はきわめて重要な生活の要素だ。それと”友情”。それは大人が生活するために少しずつ減らしたり切り離してしまうものであるだろう。

未来を憂慮し慎重になりすぎたが故の厳格な保守や管理を大人が粛々と行うこともいい歳になってしまった今のワタシにはよく理解できることなのだが、バカらしいほどにまっすぐに疾走する若者の姿も美しく思う。両者はなかなか相容れぬものではあるが、漠然としながらも遠い未来に光を見つめることと、どれだけ小さくなろうとも光を守りぬこうとすることは相反することではないのだ。



FREEDOM PROJECTは日清カップヌードルの宣伝を皮切りに多岐に渡った。
テレビCMで放送されたFREEDOMのエピソードはかなりドラマティックなシーンが多かったのだが、残念ながらOVAに組み込まれていないことがほとんどでそこが残念ではある。ただ、それらがOVA本編にもしも使用されていたならば、ワタシが「少年たちのロードムービー」と感じたような雰囲気とは異なっていたことだろうと思う。


CMはものすごくかっこよかったし、OVAはフツーに面白かった。
若いってすごい。





自転車とランニング

下の娘が通う幼稚園では、年長組の子らだけが一輪車で遊ぶ権利がある、というお約束があるらしい。一輪車の台数の問題と安全面を考慮した上でのお約束なのだろう。
娘はこの春年長組に進級し、同級のおともだちらと早速一輪車にトライし始めた、らしい。
娘はあまり幼稚園であったことをワタシに話さない。ワタシもいちいち園生活のことを聞かない。必要があれば娘から言ってくるだろう、と思っているからだ。上の娘にもそういった対応でやってきたので、とかくワタシは娘たちの誰と仲がよい、とかどういったことがあった、とかいう細かなことを知らない。娘たちが話したいことだけ話せばよいと思う。
かあさんは気配や雰囲気でまあいろいろ察知だけはできますが。

さて、下の娘からはごくたまに一輪車へのトライの報告を受ける程度で実際現場を見たこともないし、一体どうやって練習しているのだかさっぱりわからないのは、ワタシが一輪車なんぞ乗れやしないからであるのだが、娘が「だいぶ乗れるようになったよー」なんて言うのも話半分で聞いていた。
ある日下園時に担任の先生に呼び止められて「一輪車ずいぶん上手になられましたよー、もう結構な距離走れるようにならはってー」と言われた。思わず「マジですか!?」と言ってしまったワタシだ。

娘の「だいぶ乗れるようになったよー」は本当の話だったらしい。話半分に聞いてごめんよ。だって、幼稚園児なんて結構なんでもおおげさに言うからさー、ってこりゃ大人の言い訳。


で、補助輪つけて自転車に乗っていた娘であるが、一輪車にそこそこ乗れるのだったら自転車なんて楽勝じゃね?と思って。そういえば「コマなしの練習したいー」って春先からずっと娘は主張していた。上の娘の卒業、入学なんかでドタバタしていてすっかりスルーしてしまっていてごめんよ。補助輪外して近所の川の堤防の遊歩道で練習開始。

上の娘の時は相方がコーチだった。なんかこれはとうさんの仕事だなーってワタシが思ったから任せたのだったと思う。
それからずいぶん時が流れ、相方はすっかり仕事中心にならざるをえない年代になってしまい、娘たちと会話したり遊んだりする時間もままならない。だから今回のコーチは不肖ワタシである。
「一輪車にそこそこ乗れるのだったら自転車なんて楽勝じゃね?」は大正解で、補助輪を外したその日にほぼ乗れるようになった。

乗れるようになったならばビュンビュン走りたくなるものだ。娘ひとりで行かせるわけにはいかないので、ワタシは走るしかない。そして娘は連日自転車に乗りたがる。思わぬランニングの再開となってしまった。
昨年の秋頃は頻繁に走っていたのだが、厳寒の冬場にはやめてしまった。半年ぶりに走るのはそれはそれは体への負担が半端なく下半身がひどい筋肉痛に襲われたりもしたが、娘はスイスイ自転車に乗れるようになったし、ワタシは久々に運動できているし、梅雨空の隙間から覗く青空はなかなか良いものだ。


ランニング、といえば、吉本ばななの『ムーンライトシャドウ』を思い出す。作者の学生時代の作品で、結構な少女マンガな雰囲気全開の作品であるが、作者の執筆当時の誠実な若さが溢れていて、大変好ましい作品である。
作中のランニングは決して幸せな健康的なものではない。悲壮感たっぷりのギリギリの精神の若い人がなにかに縋りつくように、なにかを思い出さないようにするために走っている。痛みと哀しみを纏いつつも新たな一歩を踏み出す転換期を迎える準備期間のランニングなのだ。
川を渡る橋の向こうを彼岸としたストーリを思い出し、ワタシが走る川の堤防にいくつもの大きな橋がかかっているが、その中のひとつになかなかに美しく迫力ある鉄橋があって、確かにドラマを想像させる画であるな、と日々納得する。


水際には畏怖と浪漫が混在するのだ。

なんて思いながら、娘の自転車を追ってエッチラオッチラかあさんは走る。




購入まとめ

今年に入ってもう半年近く経つのに「買った」を全然更新していなかったが、少しは買ってます。

こちらで先に取り上げた「リアル遠足」。


2011/01/15


現在作者さんはリアル遠足「ガチ遍路」を遂行中。今日も四国の梅雨空の下ひたすら歩いておられることだろう。旅路の無事を祈る。



2011/06/08-1


「毎日かあさん」7巻。
息子さんの小学校卒業のエピソードでのサイバラの言葉、
「いろいろあったなあとか、かんどーとか泣くでなくて私の気持ちは、あーあ大きくなっちゃった。」
これに激しく同意。

家族旅行に亡くなった鴨ちゃんの写真を持っていくのを忘れたことに対するサイバラの言葉、
「忘れるヨユーができたんだなぁって。」
世話焼きおばちゃんのように、そうかそうか、そうだよそうなんだよねぇ、うんうん、なんて感じで勝手にものすごく気持ちをもっていかれた。


大田垣さん「うちのもの暮らし」
過剰でない普通の素敵がたくさん。


「ペリーさんちの、おきらく貧乏ごはん」
これについてはのちに。


2011/06/08-2


「伝染るんです。」
相方が伝染するんですガチャポンをどこぞでやって斎藤さんを持って帰ってきた。それでムショーに読みたくなって。寝床でクククとしのび笑いしつつ読むワタシの姿はそれは怪しいことだろう。


2011/06/08-3


「チーズスイートホーム」8巻。
ああネコと暮らしたい。付かず離れずクールに、と見せかけてモフモフしたりフミフミされたりしたい。


遠藤淑子「なごみクラブ」3巻。
画の劣化についてはもはや言及すまい。それを補って余りある遠藤節。ベタでありつつもどこか一歩はなれたような冷静な目線は逆に温かさを感じる。


りんりん「スーツ主夫ゴロー」
書店で見つけ買い。りんりんの良さはなんだろう。ギャグとしてそこまで面白いわけではないのだが、なんかほのぼのして楽しい。
「はにすぃーとティータイム」は疲れてるときに読むとテキトーに脱力できて良い。美味しそうだしなー。


2011/06/08-4


町田康「猫とあほんだら」
いわゆる猫エッセイ。町田町蔵のぶっとんだイメージを根底から覆される彼の猫エッセイの第三弾。登場する猫たちに萌えるだけでなく作者の独特の文章がやはり面白い。


得能史子「まんねん貧乏2」
ずいぶん前に友人からどっさり本を貸してもらった中に入っていた「まんねん貧乏」。これはその第2弾。先の「ペリーさんちの、おきらく貧乏ごはん」はそのスピンオフ。

節約、とか書いてる本とかネタとか、大抵そんなんはうちではデフォルトだったりして、実際なんの参考にもなりやしない。ようは親近感が持てるようなホンマもんの庶民ネタなんざそうそう書籍化されたりなんかしてないっていう。やたら大家族の貧乏ネタも正直、ちょっと違うなー、って思うし。
得能さんの話はかなりワタシの思うところのフツーなのだ。あるあるある!って同意しながら嬉しくなる。





以上、ここ半年近くの購入録でした。
あんまり買ってないし、所有本もまた減らそうとしてるところ。3.11以来やはりモノに対する考え方ががらりと変わったのです。



いらっしゃいませ。

ツモ

Author:ツモ
30代後半女。
→四十路突入。
→もうすぐバカボンのパパ越え。
→日本女性の平均寿命に向かって折り返し地点あたり。別にそこまで長く生きたいわけでもない。とりあえずの目標はこの先20年くらい。

暴れまわった娘時代の反動か、自宅にひきこもりがち。相方、娘二人と古都の端っこで地味に暮している。


気まぐれにしか更新しないくせに、記事がやたらと長くなる傾向にある。

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