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最近のあれこれ

顔面が痛みはじめた。頭骸骨、というか右頬あたりの頬骨というかとにかくその周辺。それが10月下旬頃。
それに伴ってなかなかの頭痛が襲ってきて。夜間、というか、寝床につくと痛みが襲ってくるっていうか。

とにかく病院嫌いなもので鎮痛剤(イヴE錠)呑んでやり過ごしていた。でも一向に沈静化する気配はないし、もしかして重病?とかもしかして命短し?とか真面目に思ったこともあったのだが落ち着いて自分の体に向き合ってみると、どうも口の中、具体的には右上の奥の奥の歯あたりが痛いような気がする。
もともと首が悪くて、首の調子低下→歯の調子低下、という流れは年間よくある現象なので、それが原因の痛みか、と疑ったりもしたのだが対策を試みても結果はいまいちで。ならばこれは深刻な更年期障害?とかも疑ってみたり。
なのに病院に行こうとはなかなか決断できない。
それほどに嫌いなもので。

結局検診予約してあった歯医者で先日診てもらったならば、親知らずが虫歯ばっちりでした。
ワタシは今まであまり、というかほとんど虫歯で痛いという経験のないヤツだったので、ちっとも自覚できなかったという。「よく我慢できてましたねー」なんて褒められてるのかバカにされてるのかわからん言葉を頂き、ポイッと抜いてきました。もともと抜歯を推奨されていた箇所でもあったものだったし。
お医者は超絶嫌いですが、歯医者だけはトリノ五輪あたりからしっかり短い周期で定期的に通っているのはそれほどに歯関係が弱いせいです。若年性の珍しくも弱弱しいというか老化が早いというか、とにかくやっかいな感じの口内で。でも虫歯ってあまり縁がなかったもんで。いやーまいった。


まあ、そんなこんなですっかり復調しての先日。
なんとも美しき皆既月食でございました。

横着して家の狭いベランダからの観測でしたが、家人皆を呼び寄せられる威力のあったものでした。深夜近い時間にベランダで騒ぐ我が家はずいぶんと近所迷惑だったことだろうと思うのですが、苦情的なものは一切なかったのでまあ許されたのかな、と。それほどに素晴らしき皆既月食だったですね。


上の娘が撮ったもの。

2011/12/20



撮り方をきちんと調べていればもっと上手に撮れたのだろうが、まあこれはこれで。


そういえば上の娘の数年前の夏休みの宿題に「夏の夜空の天体観測」があって、家族で近くの川の堤防まで繰り出した。星座早見表と夜空を必死に見比べながら、意外と星は見えるもんなんだなー、と、なんとなくありがたいような気持ちになり。
なんら意義も理由もポリシーもなく現在の住居にいついて早十数年、テキトーなローカル具合が悪くない。





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感涙について

「感動」と「涙」が直結するのはすべての人間に該当する現象ではないと思う。
下の娘のお舞台的行事があって、観覧する保護者席から立ち上る「感涙することこそジャスティス」の空気はワタシには大変違和感を感じるものだった。

子供たちが元気良く演じる姿はワタシにとってはただひたすらに微笑ましいものだった。
こと自分の娘がピッシリと背筋を伸ばして立っている姿を見るにつけて「よしよし、ちゃんとやっていてエライぞ」なんて思ってニヤニヤしてしまう、といった具合だった。

ふと周囲を見れば感涙の嵐。皆がハンカチを手にし、目元をぬぐう姿ばかりが目に入った。
それはそれで美しい画だったのだが。

演目終了後、
「感動したわ!」
「私はあそこでもうダメだったわ!」
なんて賞賛の声の雪崩。
まあいわば親バカの嵐だったのだが、でもそれはそれで良いものだと思った。自分の子がかわいい、というのはとても素直な反応だ。もはや本能だ。いいものじゃないか。

で、「泣けたわよね!」
と賛同を求められてとても困ってしまうワタシがいた。


子供たちは頑張った子もいればテキトーな子もいて、でも全体的にとてもパワフルで楽しそうだったし、ただ、追求するならいくら園児でももっともっと上手くやれただろうと思う。園がそういう方針でないわけだ。でも別にそれで良いと思う。
自分の子がちゃんと役割を果たしていたことは褒めてやりたいと思ったし、とにかく厳かとはかけ離れていたとは思うけれど会場はとても和やかな雰囲気だったから、それはそれで素晴らしかったと思う。

参観した保護者たちが我が子の晴れ姿に感涙するのはそれぞれの家庭になんらドラマが人の数だけあるが故のことであろうから、それらもワタシは美しい、と思う。
でも、ワタシが感涙しなかったからといって別にそれは無関心だったわけではないのだし、「なんで泣けないの!?」的反応はホントに苦笑してしまうというか、感動に対する人の反応は千差万別なのだから、異端児的に見られることは大変困ってしまった。

イベントのたびに「子の写真を撮りまくることがジャスティス」もまったく同様である。一様の様式を常識にされても困る。


思い出すに、大昔のワタシの結婚式の折、ワタシはニコニコというかニヤニヤというか、とにかく妙に笑っていたと思う。嬉しいから笑う、はワタシの最高級の喜びの表現であり、それが溢れ出て涙するという現象は理解できるが、ワタシはそういったタイプではなかった。
うちの親父もまさにそういう人だったようで、ヴァージンロードに向かう寸前の親父は全開の笑みを周囲に振りまいていて、ああワタシはやはりこの父の娘なのだ、と実感したのだった。
母も同じタイプで、ワタシの両親は感涙よりは全開の笑みで感動と喜びを表現する人だったそのDNAをばっちり引き継いでいると思う。


近年「泣ける本」だの「泣ける映画」だのがやたらとピックアップされているのを目にするが、感情の露呈を涙に直結させることがすべてではないのではないか。





ミレリーゲ・アラ・パンナ・コン・イ・ブロッコリ

少し前に下の娘が「のだめカンタービレ」のドラマ版とアニメ版のDVDをヘビーローテーションする時期があった。話をちゃんと理解できているわけではないのだが、ギャグ要素の演出(あるいは描写)にドはまりしたらしく2週間ばかり延々とのだめ祭りになってしまった。真澄ちゃんと「おなら体操」が特に気に入ったらしく、日本編はドラマ版アニメ版ともにその期間一体何度通しで観たことやら。

で、やっぱり、といった具合に「呪文料理」に相当心惹かれた様子。
ドラマ版でもアニメ版でも3コマで完成してくるそれは聞いたこともないクソ長い名で、しかものだめがあれだけ感激するシロモノである。娘にとってはまさに呪文料理にしか思えない、とても魅惑的なものだったらしく。

パスタ料理のようなのだが、あれは一体どういったものなのか?とそういう意の質問を投げかけてきたので、「あれは名はもんのすごい感じだが、実は簡単に作れる」と答えたところ、案の定是非作るように所望してきた。


ミレリーゲ・アラ・パンナ・コン・イ・ブロッコリは要は「ミレリーゲというショートパスタのブロッコリ入りクリームソース和え」なのだ。さほど調理は難しくない。以前自分ひとりの昼ごはんにペンネで代用して作ったことがある。フツーに美味しかった。あくまで、ごくフツーに。

ペンネで代用、すなわちミレリーゲなるものはそこらへんの日常通うスーパーには置いていない点、これがこの料理の最大の難点なのだ。

で、とりあえずペンネで代用して作り娘に提供したところ、そもそもパスタ好きの娘は更にのだめの「アンブレーラ!!(意味不明)」並みに感激してガツガツ食べた。あまりに喜んで食べるものだから、だったらやはり代用品でなくホンモノのミレリーゲで作ってやるべきだよなー、と母は思った次第。



で、ミレリーゲ入手。
街まで出て輸入食品屋で見つけた。

2011/12/15-01

のだめが「大きいマカロニだ~~~」って言ってるけど、まさにその通り。




で、完成。
幼稚園児仕様でミレリーゲはやわらかめ、ブロッコリも崩して。

2011/12/15-02


生クリームは入れてない、カロリー的な点で。
全然大丈夫。




以下、拍手コメント返し。





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興味の対象が減ったり増えたり

これ以降に買ったもの。


2011/12/13-01


「いい電子」11巻。一応最終巻。
出たことしばらく知らなくて、遅れて慌てて探した。ネット注文すれば容易に入手できたのだけれど訳もなく店頭購入しようと意地になってるわりになにかのついででしか本屋には行かず、というよくわからない行動の末に入手。

「サカタ食堂」
食にまつわる話の作家自選集。美味しそうで笑えてじんわり心に響いてくる名作ばかり。

「けものとチャット」7巻。完結巻。
ネコに萌える系とは一線を画して、くだらないお笑いに満ち満ちている。「動物のお医者さん」系統とワタシはカテゴライズ。画的に別に可愛くないのだけどもでも可愛い、なんていいじゃない。

「僕はいかにして指揮者になったのか」
ずいぶん前に図書館で借りて読んだのだがとても面白かったので文庫版で入手。オザワの「ボクの音楽武者修行」とともに、なんだかとにかく頑張っちゃうぞーっと、いう気持ちを呼び起こしてくれる。才能と運と努力、しかしなにより熱意というものは、一体何歳になろうとも生きる動力源のひとつなわけで。

「モーツァルトの手紙」
まったくモーツァルトという人はとんでもない天才だな!なんて今更感バリバリだが、でもやっぱりとんでもなくそう感じたわけで。今秋ピアノソナタ第12番K.332第1楽章のあまりにドラマティックな転調に、もー現代でも超かっちょいい感バリバリじゃね?的ハートを鷲掴み。
映画「アマデウス」のイメージがどうしてもワタシには強いから、ちょっと違う側面から知りたくなった次第。





世界のオザワ、あまり聴いたことなくて。

2011/12/13-03

前回の本は良いきっかけだった。
またブラ1?という相方のつっこみに対し(左側の3枚組みの1枚目がブラ1)、村上春樹が素晴らしかった、って言ってたからさ、なんて答えてみたが、そもそもワタシがブラ1を買うのは初めてで、うちにあるのはすべて君が収集したものである事実は一体どう説明するのかしら?と、あえては言わないが。ワタシはそれらをひたすら聴きまくっただけなのだよ。






2011/12/13-02


「のだめカンタービレ イラスト集」
こういうの買ったのって、中学3年の時(25年前)に「CIPHER」のイラストカレンダー買った以来。
ネット某所にて「後日談的イラストがある」というのと、本書の印税が3.11の義援金になる、というのを見て購入。千秋がむちゃくちゃステキでたまらんです。


余談ですが、千秋がのだめのためにごはん用意する場面を見るたびに思い出す。
大昔、まだ一緒になる前の相方がワタシが深夜仕事から帰ってくるのにあわせてごはん炊いて具沢山味噌汁作ってくれてたことがあった。すごく美味しかった。いまやなんら家のこと一切にまったく手を出さなくなった(というか出す時間がまったくなくなった)相方であるが、その懐かしい日の記憶だけで意外とワタシはやっていけている。
今年を表す一文字「今年の漢字」は「絆」だそうだが、「絆」なんてきっかけはこんなにも単純だったりするかもしれない。





まだまだ楽しいことがある

ふらりと立ち寄った近所のスーパーの片隅の小さい書籍コーナーで目にして即買い。


2011/12/02



近頃めっきり本は読まなかったし書店にも足を運ばなかった。
先日PCまわりのレイアウト改変中に本の整理も少しして、まだ読んでいない本もその中にあったのだが、ああ久しぶりにしっかりと本を読んでみようか、と思った。
ずいぶん活字というか文章から離れていた。要は気力だったり体調だったり物理的時間の問題だっただけだ。
その間はずいぶん音楽は聴いたからそれはそれでものすごく楽しくて、原因不明に落ち込んだ気分を優しく引き上げてくれたりした。自分にとって耳心地のよいものを多く聴いたり、新しい出会いにチャレンジして聴いたりした。

ワタシには音楽の知識、学識が無い。なにしろ音楽なぞお金持ちの子が習うもので、いわば「雲上人の世界のもの」という感覚で育ってきたのだ。
でも子供の頃毎朝台所にあるラジオから流れていたのがクラシック番組で(これについてはこちらで)、理由はわからないがそれは「素敵なもの」とワタシの中に刷り込まれた。「雲上人の世界のもの」で「素敵なもの」なのだから、それはそれはキラキラとしたイメージなのだ。手が届かない憧れのもの、といった感じだろうか。

しかし時が流れ、高価で手が届かなかったレコードがいつしか手ごろな価格でCDで聴けるようになった。(もちろん自分が長じて経済力が備わった、というのが最要因だが)なんでもかんでも価格破壊はよろしくないだろうが、これに関しては素直に嬉しい。コンサートは逆に価格高騰の一途をたどるように思うが、とにかくCDで結構手軽に多く聴けるようになった、と思う。

エエ歳になってきて、これまで好きだったモノやコトの一部から少しずつ距離ができてしまってしかも取り戻しようも無い具合だったりしてとても淋しく思っていた。もうなにか楽しいことに熱中できることはどんどん自分の手から零れ落ちていってしまうような気持ちになったりもした。ああでも音楽はまだまだ聴きたいものが山ほどある、と感じて、幸せだなー、と思った。


村上春樹氏はこの書の「始めに」の部分で、
「好奇心の旺盛な、そしてできるだけ正直な素人の聞き手であることを心がけた。たぶんこの本を読まれる方の大部分は、僕と同じような「素人」の音楽ファンなのだから。」
と記している。
小沢征爾氏は
「音楽好きの友人はたくさん居るけれど、春樹さんはまあ云ってみれば、正気の範囲をはるかに超えている。クラシックもジャズもだ。彼はただ音楽好きだけではなく、よく識っている。」
と述べている。

村上春樹氏はワタシのような「ホンマもんの素人」でなくそもそも大変高名な小説家でいらっしゃるのだから、文化、芸術方面への生活の心身投入度があからさまに一般的でないよく聴きよく識る人だろう。でも対話中の端々に見える、小説家になる以前のずっと若い頃から知識学識はさておきひたすらに愛した音楽を語る喜びに溢れているようだった。
巧く云えないが、「一緒に聴いて楽しもうよ!」なんていう感じを村上春樹氏の言葉から、「世界のオザワ」たる小沢征爾氏の言葉からは「音楽スゴイよ、楽しいよ!」なんて感じが、まあワタシが勝手に感じただけなのだろうがとにかくそういう感じに手を差し伸べられているような、そんな読後感である。


近頃のユーロ安を見て、先日ベルリンフィルのデジタルコンサート会員に登録したのだが、マーラー・イヤーでマーラー満載である。
そういえば、ワタシはこれまでどれだけマーラーを聴いてもどうにもピンとこなくて困っていた。できればお近づきになりたいのにいつまでも遠い。ほんの少しでいいからマーラーとお近づきになる、そのためのきっかけがつかめなかった。本書の「グスタフ・マーラーの音楽をめぐって」を読んで、なんだか肩の力がスッと抜けた感じがした。ああ、そういう受け取り方で良かったのか、みたいな。


久々に読んだ本がこれでよかった。幸せだ。




いらっしゃいませ。

ツモ

Author:ツモ
30代後半女。
→四十路突入。
→もうすぐバカボンのパパ越え。
→日本女性の平均寿命に向かって折り返し地点あたり。別にそこまで長く生きたいわけでもない。とりあえずの目標はこの先20年くらい。

暴れまわった娘時代の反動か、自宅にひきこもりがち。相方、娘二人と古都の端っこで地味に暮している。


気まぐれにしか更新しないくせに、記事がやたらと長くなる傾向にある。

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