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テレビと夏休み

自分たちで設置したBSアンテナのおかげでEUROを堪能する相方が
「ロンドン五輪もこれで思いっきり見られるなー」
とワタシに言った。
確かにワタシはスポーツの祭典が大好きだ。


時はちょうど夏休み。
上の娘の夏休みの課題一覧の保健体育の項目には「せっかく五輪があるので様々な競技を観てみよう」とあった。
いやあ、もう十分お腹いっぱいどころか吐きそうです、ってほどに、メジャーな競技から普段目にする機会があまりない競技まで見られるだけ全力で観た。文字通り朝から晩まで観続けた。現地に届くはずもないのにテレビの前で真剣に娘たちと応援した。頑張ったのは選手自身なのに、テレビの前でガッツポーズを思わず作ってしまう親子、傍から見れば何事か!?と思われるだろうくらいに熱心に観たのだった。


五輪が閉会して世の中はお盆休み期間に突入するも、我が家は例年通りというより今年は更に相方に夏季休暇を取る余裕はなく、せめてもの娘たちへの夏休み単発お出かけイベントは設けたもののなにしろ相方はド激務のド平日なのだから、そこはかとなく自重する部分が無きにしも非ず、であった。

母子で熱心にポケモンをプレイしてはいたが、さすがに丸一日ゲームするほどにゲーマーでもないので、エアコンをつけた部屋でなんとなくゴロゴロするだけでヒマを持て余す時間が生じた。


ふと、気まぐれにも地上波民放の番組を見た。
ずいぶん長くそういうものは見ていなかった。塾やお稽古事をほとんどしていない娘たちではあるがそれでも平常時にテレビをぼんやり見る時間はほぼ無い。

で、久しぶりに見たバラエティ番組やらは妙に面白く感じた。ホントのところで面白かったのかと問われると疑問がないでもなく、物珍しさが勝ったのだと思うけれども。久しぶりに見たら面白いなー!と娘たちは言う。テレビ画面に向かってツッコミや感想を入れつつあれこれ見た。

有料放送を導入していると地上波はほぼ見なくなる、という意見はそこかしこで聞かれ、我が家も例に漏れないクチだったので、あれこれ見る地上波放送で特に新鮮だったのはCMだった。世の中どれほどに多くのCMがあるのやら、と思う。


夏休みは昨日で終了、本日より平常業務に戻ったのでテレビはまたしばらくまともに見なくなると思うのだが、夏休みの総括みたいなのを昨日娘たちと話していて、
「お出かけもそこそこしたし、ポケモンもいっぱいしたし、オリンピックは死ぬほど観たし、”普通のテレビ”みんなでいっぱい見て、行動的ではなくてもなかなかに面白く楽しい夏休みだった」
ということだったらしく、まあならば全体的には良しということで、とまとめた。





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BSアンテナ自力設置顛末

少し前の話。


EURO2012開幕当日、相方はどうしてもどうしても試合が観たくて苦悩していた。
うちはずいぶん前からスカパーに加入しているがHDには変更せず従来のままで視聴しているため、EUROをフル放送するWOWOWは観られない。
HDに変更すればうちが契約していて新規契約はとっくに終了している「ワールドサッカーセット」なる大変お得なチャンネルセットは使えなくなる。似たようなセットはもちろん続々リリースされているのだが、開放されるチャンネル数とお得度が低い。
相方は苦悩した。
苦悩したものの諦める方向で肩を落とした。しょんぼりする相方の雰囲気で家の空気は重くなる。

ワタシはイラついた。
「何故ベストを尽くさないのか?」
時差のため開幕までの猶予時間は半日弱、ワタシはPCの前に陣取り解決策の調査を開始した。


ワタシ「あのさ、自分たちでBSアンテナ立てればいいんじゃない?」
相方 「え?」
ワタシ「今からどこか家電量販店に行ってBSアンテナ買ってきて、自分たちでベランダにアンテナ付けたら開幕に間に合うと思う」
相方 「え?え?そんなの出来るの?」



ワタシの両親はとりあえず自分で何でもやってみちゃおうってタイプなのでその影響で(もちろん専門の人に到底及ばずとも)意外と自力で解決することもある、と思っている。
相方の両親は費用を出せばすべてきちんと専門の人がやってくれるのだからそうすべきってタイプなので相方もそういう考え。
観念の違いでそりゃあ揉め事が生じることもある。
ケースバイケースでどちらが正解ってことはない。

けれどこの件に関してはワタシ完全圧勝だったね。



ちょいととググれば自力でBSアンテナ設置した人の逸話や解説はゴロゴロ出てくる。
ほれ見てみろや、世の中自力でどうにかした人がこんなにおるやんけ、そやしうちも出来るから早く車出せや、っと相方のケツを叩いて出かけBSアンテナ購入、帰宅してすぐに、手伝うけれどお前の目的のためなのだからお前が主導で作業しろ、ほれ動け今すぐ動け、さもなければ開幕に間に合わぬぞ!と相方を働かせた。


日が暮れる前に作業完了。
すぐさまWOWOWの契約も相方にさせた(たぶんうちと同じようにEURO開幕寸前滑り込みで契約しようとする人が相当いたのだろう、申し込み画面のアクセスすら超重力でへこたれそうだった相方のケツ叩きまくった)。


そしてEURO開幕。


ワタシ「良かったな、はじめから観れて」
相方 「うん、良かった。嬉しい。」



EUROは隅から隅まで一家で堪能しました。





今更ポケモンにはまる

ドラクエ10がとっくに発売してるのは承知しているが買っていない。
ネットの海にダイブして冒険するっていうのは、考えが古いのは重々分かっているがどうにもワタシの性に合わないと思うのだ。ただあと10歳若かったら絶対プレイしてその世界を満喫するだろうに、とも思う。
かつてファミコン少女だったワタシがエエ歳になってきて熱中して遊ぶゲームはもはやドラクエだけで他はほぼなにも手をつけなくなっていたのだが、10がネットゲームになるという情報をキャッチした時からああもうそのお付き合いも終わりとなるのか、ワタシももはや中年なのだからゲームは卒業なのか、などとバカらしくも淋しく思ったりしていた。


ある時ふと見回すと、所有者がさらっとプレイしただけであとはなんとなく放置気味なポケモンのソフトがいくつか家にあったので、じゃあちょっと遊んでみるか、とプレイしてみることにした。
上の娘がまだ一人っ子だった頃にルビーとかをさらっとプレイしたことはあったのだが暇つぶし程度にテキトーにやっただけでポケモンの世界にあまり馴染まないまま中途半端に止めてしまった。ワタシはポケモン世代じゃあないしねぇ、という偏見はあったと思う。こちらのソウルシルバーはだから中途半端にテキトーに遊ぶ感じで始めたものだったのだが、下の娘がハートゴールドの所有者でシナリオを進めあぐねていたようなのでその手助けでもしてやろうかと思って(でもこれって、よーしお父さん頑張っちゃうぞー的なもののように思う)プレイするうちに結構面白く感じてしまいなかなかにはまってしまった。


うちで一番ポケモン歴が長いのは上の娘で、別にむやみやたらとソフトを買い与えていたわけではなかったのだがお誕生日に買ってやったりした年数分のソフト数とプレイ経験があって、本人曰くパールが最もはまってプレイしたらしく全国図鑑もそこで集約作成していた。

ポケモンのゲームシステムを長く理解していなかったのだが、ポケモンを捕獲して図鑑なるものを作成することがゲームの目的のひとつで、その完成のためにはかつてのソフトで捕獲したポケモンのデータを引っ張ってきたり誰かとポケモンの通信交換などをしてなお図鑑完成は結構大変で難しいものらしい。そもそも新作がいつも同時に2本出て、バージョン違いというのかつまりは一方で出現するポケモンが他方では出現しないとか、大人ならあっさり2つとも買っちゃうだろうけれどお子様はそういう訳にはいかないのだから、そりゃあもうなかなかポケモン商法シビアですわ。

他人との通信交換は時にそれなりに揉め事があったりもするらしく、上の娘はこれまでほぼ誰ともそれは行わずぼちぼちとちまちまと自力の範囲でやってきていたらしい。近年気の置けないゲーム仲間が出来て互いの得になる交換ができるようになったと喜んでいたが、それでも図鑑はなかなか完成しないということだ。
ということで、娘たちとワタシで協力の下にやったならば結構イイ感じじゃね?みたいなノリで盛り上がって近頃は女3人であーだこーだいいながらプレイに専念したり協力したり交換したりしている。

娘たちは姉妹とはいえ歳が結構離れていて一緒に遊ぶということがちょっと難しい面が多い。ゲームというだけで目くじら立てて否定する人も世にはいるだろうが、うちでは姉妹のコミュケーション面でとても役立っていると思うし、ほどほどに、を大前提とはしているけれど、かあさんであるワタシもそれに参加して親子間のコミュケーションに助かる面もあるのは事実なのだ。





五輪寝不足

娘たちが夏休みなもので、一日中ごはんはー?って言われてワタシはなにかしら絶え間なしにごはんのことを考えざるを得ない状況だったりするのだが、フンだ!もう台所暑すぎて汗かきまくりんぐでイヤになっちゃったから洗い物山ほどあるけど知らね、と逃避していると気まぐれにも上の娘が片付けてくれたりもするし、下の娘が晩ごはんのメインおかずの揚げ物の衣付けを手伝ってくれたりもするし、普段よりも夜更かしして娘たちと五輪中継観てワーワー盛り上がったりしているところに遅くまでお疲れ様な相方が帰ってきて遅い遅い夕飯with晩酌をとりながらそのワーワーに参入してきて一家で大盛り上がりで競技観戦したりして、猛暑には閉口するけれども悪くない盛夏だな、と思う。

五輪中継は大昔はひとりで見てひとりで異常に盛り上がれたものだが、いまやひとりではちょっと淋し。家族とワキャワキャ言いながら見ていてあーでもないこーでもないと家族間で意見交換。どの競技も超絶ド素人の我が家の面々テレビの前のお茶の間ではみなハイパー解説者w

で、これは我が家で言ってることなんだけれど、勝った選手や目標以上の成績が出せた選手は良いとして、かなり不本意な結果だった選手のインタビューは正直見たくない。だから極力インタビューは見ないように心がけているがどうしても目に耳に入ってくることが多い。後日落ち着いてからのものならば冷静に自己を省みて言葉を発することができるだろうに試合直後のものはなんというか晒し者にされている感で悲しくなる。ましてや「応援してくれた人々や国民の皆様に申し訳ない」とまで言って悔し泣きする選手の映像は心からやるせない気持ちになってしまった。その選手こそが勝利を誰よりも目指し望んでいただろうに、負けて悔しいのは誰よりも当人だろうに。ふがいない自分を責めるが故にそんな言葉が出てしまったとして、ワタシはそんな辛い言葉をもらす選手のご家族もまたどんな気持ちだろうかと思うと、下手糞なインタビュアーにものすごく腹が立つし、とりあえず生の声、のテレビ業界のやり方も腹が立つ。
競泳のリレーの「北島さんを手ぶらで帰させるわけにはいかない」というそれはすごく素敵な言葉だったし、生の声、インタビューっていうものがすべて悪いとはもちろん言わないけれど、無責任な大衆にまで謝罪の言葉を出す必要は絶対ないのだから結局場面状況によって報道は空気読めよ、と思う。
いや、そういうのも見たい聞きたいと思う人も多くいるかもしれんからそれもまた一意見だと思うけれど、少なくともワタシは先に述べた考えです。


それにしても寝不足。ついつい観てしまう。





世はすべてこともなし

連日37℃とか38℃とか理解したくもない熱攻撃だもので、ふいに32℃やら33℃やらの空気になると「いやー涼しいじゃあないかー」などとどこか恐ろしい言葉を思わず口にしてしまうあたり、いやはや猛暑、いや酷暑こえーといったところか。
けれども、死にはしないだろうけれど本気で倒れるかもと危惧した一昨年の夏の酷暑を思い出すに、いやもうあれよりまだ全然マシ、大丈夫、と感じていて(実際のところどーなんですかね?同等?それとも今夏の方がキツイの?)、五輪中継観なきゃいかんしドンと来いってなもんで。ええ五輪寝不足です。


閑話休題。
過日、CSでアニメ「赤毛のアン」を放送していて偶然見たのだがそりゃあもう懐かしさ全開で観入った。何十年ぶりに観たことだろう。世界名作劇場放送当時ワタシはまだ小学生だったのだから。しかしこの時はせいぜいアンがひたすら夢見がちで奇妙なでもなかなかに頭の良さ気な口のよくまわるヒロインにしか感じられず、話の展開も事件性というにはあまりに生活観溢れすぎる流れで、ただなんとなく見ていただけだった。

後に海外児童文学を少しずつ読み始めるようになったワタシは「赤毛のアン」シリーズも一応読むには読んだのだが、それがヒロインの大河ドラマだとだけ漠然とは分かってもそれ以上の大きな感慨を持つことはなく、ただシリーズを読破することに集中したように思う。

長じて、改めて読み直す機会を得、グリーンゲイブルズの美しい風景の描写やアンの成長を楽しむことができるようになり、児童小説は大人になってから読み直すとまた違った視点で読んで楽しめるものなのだなぁ、と感じた。しかしこの時点でももはやそこまでの感慨だったのだ。


で前述、偶然アニメ版を見た時、下の娘が面白気に一緒に見ていたので、これは元になる有名な本がシリーズであるのだよ、と教えてやると、これは全体どういったお話なのだ?自分も読んでみたい、と言い出した。
読みたいという気持ちは大いに結構なのだが、なにしろまだひらがなの書き取り練習をしているような年齢の娘には読破には最低でも数年の待機時間が必要な文章量の小説なのだ。
考えて、図書館で”アニメ絵本”なるダイジェスト版ともいえるかもしれないものを借りて読むことを提案した。ずいぶん娘は喜んだので、せっかくだから話題を合わせるべくワタシも久しぶりに小説版を読み直すことにした。


五輪中継を横目に読み始めたのですけれどね、児童小説というよりはああなんと美しい少女小説なことか。
アンがもはや実際のワタシの上の娘とほぼ同じ年の頃というのもあって、もう感情移入の仕方がこれまでの感慨と大きく違うのだから、まったく小説というものは恐ろしく素晴らしいものです。

アンのそそっかしさや夢見る奇妙な発言もなにしろ微笑ましいばかりなのだけれど、なにより自分のアンを見つめる目線がマシュウとマリラのそれになっているのだ。
子供どころか伴侶すら得なかったマシュウ、マリラ兄妹は正しく偏屈ともいえる身を律した暮らしをひたすら送り続けるだけですっかり年老いて、生活の華、潤い、生き甲斐といったものから無縁だったのだ。
そして年老いた兄妹の地味で堅実な彩のない暮らしにハプニングで訪れた孤児の少女は天使のように微笑みをふりまくのだ。それがどれだけ素晴らしきことなのか。
いかん、もはや泣けてくる。


シリーズ続きも読んで大いにニコニコしたいと思う。




いらっしゃいませ。

ツモ

Author:ツモ
30代後半女。
→四十路突入。
→もうすぐバカボンのパパ越え。
→日本女性の平均寿命に向かって折り返し地点あたり。別にそこまで長く生きたいわけでもない。とりあえずの目標はこの先20年くらい。

暴れまわった娘時代の反動か、自宅にひきこもりがち。相方、娘二人と古都の端っこで地味に暮している。


気まぐれにしか更新しないくせに、記事がやたらと長くなる傾向にある。

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