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銭湯

昨晩風呂が壊れた。

今朝管理会社に連絡した(うちは賃貸なので風呂とかエアコンは大家責任の「設備」なのだ)けれども、どう対応してくれるのかがまだわからない。
おそらく修理でなく新品に交換になるのではないかと思うのだが、一体それがいつになるかががわからないのでものすごく不便に感じている。


なんともありがたいことに銭湯がごく近所にあるので、昨晩から娘たちと通い始めた。

相方が激務多忙すぎて我が家は旅行なぞとはほぼ無縁のため娘たちは温泉に1~2回しか行ったことがなく、家に風呂があるとなれば銭湯にわざわざ足を運ぶこともないので、思えば娘たちに公衆浴場のルール?みたいなものを教えたことはなかった。
ワタシが幼少の頃は内風呂がなかった住まいがまだまだ多くあった時代で、両親と洗面器片手に銭湯へ通った記憶はなかなかに鮮明だし、学生時代には友人らと遊びがてらに行ったりもした。
娘たちも今後学校の修学旅行や友人との旅行で「裸のつきあい」をする機会が幾度もあることだろうから、ルール?というかマナー?みたいなものは知っておいて損はない。


さて、通り過ぎ際に外観が目に入る程度しか知らなかった近所の銭湯なのだが、古い作りだったはずのそれはいつの頃か小奇麗な外装に変わっていた。内風呂当然の時代への対応策だったのだろうと思うがとかく入ったことはなかったから、ワタシの記憶にある銭湯スタイルなのか、それとも当世風として激変しているのかの予想もつかず、軽い緊張と期待を感じつつ娘たちを連れて入ってみたのだった。

番台がない!
受付カウンターになっていて、ロビーの奥に男湯女湯それぞれの入り口、その先に行けば脱衣所。女湯側しかわからないが、ロッカーの並びの奥に小奇麗な化粧台スペースもあり、ベビースペースみたいな箇所もあった。
でもさらにその先の浴場はいくつかのジャグジー風呂なんかがあっても(露天風呂もあった!たんに屋根がないだけなのだが、なかなかに頑張って雰囲気作りをしている感じ)、やはりワタシの古い記憶の銭湯と実はそう大差ない、伝統ある「外風呂」の雰囲気全開だった。


娘たちは妙にはしゃいで湯に浸かりまくり普段よりもきっちり洗いまくり、普段よりも身支度片付けをきちんとしていた。人目って大事ね。
湯船に浸かる時は髪をきちんとしばること、なんて家ではなあなあになってしまって守りゃあせんが、公衆浴場では大変重要なことだ。タオルは湯船につけない、なんてのもね。大体みんなタオルで体隠したりなんぞしてません。髪に巻いたり上がるときのために持ってるだけの人ばかり。そのへんは銭湯と温泉の違いかも。

どこで知ったか、「風呂上りのコーヒー牛乳!」と騒ぐので、買ってやりました。


初めての銭湯ライフにはしゃぐ娘たちを見ると、まあなかなか良い経験だわね、と思う。
けれどもやはり一刻も早くうちの風呂再開を激しく希望する。あって当たり前になってしまっているものがいざ無いとなるとより一層不便に感じてしまうのは贅沢病なのだろうけれど。





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子の食

うちの娘たちはこれといって大きく食べ物の好き嫌いがない。もちろんあまり得意でないものがないではないのだが手をつけないとかいうことなくとにかくそういうものも含めて出されたものは食べる。


偏食・少食気味のお子様に悩むおかあさん方に相談されることがたまにあるのだが、その子その子で食べるペースや量、そもそも性格、気質、環境はまったく違うものだから一概にこれが解決策というものはない。
が、まあしかしうちの、食育なぞというエラソーな言葉のものとは全然違ってたんなる我が家というかワタシの食部門へのやり方にすぎないのだが、結果的にどうもそれで娘たちがとりあえずなんでも食べる娘になっている点からして悪くない点もあるかと思うので、それをお話しよう。



そもそもワタシはごはんのための買い物は基本大体冷蔵庫がすっからかんになってからしか行かない。そりゃあ家族からリクエストが出た献立のために、とか半端に足りなくなったものを補充するために買いに出ることもあるが極力行かないようにしている。行ったら最後、ついつい無駄に金を使ってしまう恐れがあるから、だ。

そんで定番的なもの、例えば鶏肉、豚肉、玉ねぎ、じゃがいも、にんじん、、キャベツ、豆腐類などを値段を見つつまとめ買い。あとは店をブラブラしながら商品を流し見しつつ向こう数日の献立を出鱈目ながら脳内構成してみる。
定番以外のお得品が目についたならばそれを使う献立も含めて考えてみる。冷蔵庫内サイクルが上手くいきそうならば買い、特別扱い(余分に様々なものを買わなければならない、とか)しか無理なら食べたい度で判断、しばしば「ご縁がなかったということで…」ってなるけれど。魚類が主にこれに当たる。サバはほぼ定番類入りしているが、刺身とか旬のピカピカのやつとかは一考。魚高い古都。

大体1週間近く単位でまとめ買い、を繰り返すワタシの作るごはんはある程度献立も定番化してしまう。つまりはマンネリ化しやすくローテーション化しやすい。なるべく飽きがこないようにと考慮はしているつもりでもそう上手く運べていないこともよくあるだろう。
けれども娘たちが文句を言わずとにかくムシャムシャ食べるのは、つまりは「かあさんが作ったもの以外に食べるものは他になにもないから今食卓にあるそれを食べなければ空腹のままなのだ」からなのではないだろうか。
ワタシはあまり間食しないので(なのに完全にどすこい体系)お菓子類はあまり買わない。大体菓子類で腹が脹れる感覚が好きではないのだ。口に入れるならばきちんとごはんが食べたい(これはワタシの育ちに起因することでたぶん次回にお話する予定)。
こどもがささやかに喜ぶ程度にはなにかしら買わないでもないのだが、貪り食うほどには決して買うことはないので菓子類の買い置きはあまり家に無い。ワタシが菓子類の陳列棚を見てもなにがなんだかよくわからないのでなにを買っていいのやらよくわからないのは、酒が飲めない人が酒の陳列棚を見てなにがなんやらよくわからん、というのと同様であると思う。
別に菓子類を禁じる気はさらさらないのだが先の事由でごくたまに少しばかり菓子を楽しむだけのワタシの姿勢は娘たちに影響したようで、菓子類の買い置きがあれば食べるし無ければそれで構わないといった具合に娘たちは育っている。


そういった感じなんで、娘たちの「ごはんなにー?まだー?」コールは激しい。カロリーを求める声が夕刻頻繁に起こる。
つまり、「かあさんが作ったものを食べるしか適切なカロリー摂取ができない」環境下にあるのがウチです。
いや、別に意図的にその環境を形成しているわけではなくて、振り返ればそんな感じだった、というところ。
ワタシが大皿でおかず(田舎料理系?というかオカン惣菜系)をざくざく出して、娘たちはそれをもりもり食わねばどうする?みたいな環境であるからして、好きとか嫌いとか言ってる場合じゃねえ!ってところだと思う。
はい、これがウチの娘たちの「なんでもモリモリ食べる」ようになった流れです。
別になんら自慢できるようなしつけや教育ではござらん。
つまりは子っていうものは周囲の大人が作る環境に多大な影響を受けて育つということであるのは結構間違いじゃあないってことだろう、善しも悪しも。




ここで子育て理論なんざエラソーな話ができるわけでもなければする気もさらさらないワタシが、子育ての食に関して思い悩んでいるおとうさんおかあさんが万が一藁にもすがる思いでこれを読んでいらっしゃるのならば、ワタシなんぞでできる体験に基づく「子にしっかりメシ食わす」ワタシなりの(結果的な)やり方をまとめて申し上げておく。


「かあさんとうさんのごはん」がまずはきちんとしたものであることが大前提。突飛な、もしくは下連味たっぷりだけの献立は論外。まったくごくごくフツーで良い。そして一般的にこどもが食べられるものというか好みそうなものを一品だけでいいから用意する。なんらかの自分のこどもが好みそうなわかりやすい品を一品だけで良い。もしそれだけをバクバク食べて終了でもオッケーとする。もし上手く子の目と味覚をごまかせるならばそれに1つだけでいいから栄養価のある食材を工夫して入れておけば良い。それで食べてくれれば供する側の気持ちも結構落ち着く。

さらに、こどもがごねて食べないとなったならば「これを食べないと次のご飯までなにも食べるものはないんだよー」という発言と環境を徹底する。決して代替を用意しない。お腹が空いた!とか泣いても、こちらが出したものに手を出さないのであれば放置する。席を立ってうろうろするのは断じて許さない。注意しても止めないならばそこで食事終了。そしてこどもが手が届いて勝手にできるところにおやつなんぞ絶対置かない。

泣かれたり暴れられたりすると親はとまどうが、はっきりとどちらに主導権があるかをそもそも子に知らしめる態度は重要。そして親も栄養は1週間単位で摂取を考えればオッケーという頭でいればたった1回の食事でいちいちあーだこーだ言ってもしょうがないと諦めもつける潔さも重要。
ただし、おやつ時間にバナナとかのカロリーがあって栄養があるものを供する知恵も重要。

これが最も重要なことであるのだが、そもそも提供した献立を共に食する親側がものすごく美味しそうに楽しそうに食べる姿を子に見せること。
作った人は作っただけでお腹いっぱいになりがちだし、自分が作ったごはんを自分で食べるってのもかなりマンネリズムだし、子の食事の面倒を見るのも考えるとうんざりだし、はよくわかる。そこをあえて、というか自己暗示でもバカになるでも、そんなん関係なくたんなる食いしん坊でもなんでもいいから、子と並ぶ食卓で「美味い!美味い!」って食べる姿を見せること。演技でもいいけれど下手な芝居はかえって反抗心を呼びかねない。演技ならば素晴らしく。要は大人が美味しくしっかり食べる姿が重要なのです。



幼かったワタシは大変な偏食だったらしい。詳しくは自分自身の記憶にないが母が言うには「とにかくなにもかも全然食べなかったからほとほと困った」らしい。きっと悩んだり怒ったりとあの手この手で幼いワタシになんとかいろいろ食べさせようとしたのだろうと思う。でもそれは良い成果が一向に見えなかったらしい。
ワタシがそんな親泣かせな偏食から一変してがっつり食い娘になったきっかけは自分なりの心当たりがあるのだがそれは出来れば次回でお話しようと思のだけれども、つまりは先に述べたような事柄は両親がワタシの偏食改善に行ったことである(一部推測あり)。


あくまでも一個人の経験則に過ぎませんです。
異論反論はもちろんありましょうが、拙宅を幾度かご訪問くださっている方ならばご存知でしょう、ワタシは極めて勤勉さからかけ離れた一介の主婦でして、そいつができた程度のことならば世のきちんとした人はもっと容易にこなせるということである、という推測ははまったく容易いのですよ?





鍋とおでん

8月終盤頃からもはやヤケクソ気味に晩ごはんに鍋をするようになった。
土鍋でグッツグツと炊いた野菜や豆腐、うどんなどを、娘たちは冷え冷え麦茶か冷え冷えジュースをお供に大人は冷え冷え偽ビールとともにがっつく。わけわからんくらい汗が全身から噴出し流れる。結構爽快。
いろいろおかずを作るとなるとどうしても火をそれなりに使わないといけないから台所から家中にとんでもない熱波が流れ、それがエアコンの冷風と死闘を繰り広げるオチ。でも鍋なら全部ぶっこんで炊くだけだし結果スピード調理で熱波も抑えられて一石二鳥。


先の3連休は相方が超激務で休みどころか家にもまともにいられない状態。がしかしそれも近年もはや当たり前すぎて相方ご苦労様、こどもたち家族イベント皆無。
まあそれはさておき下の娘連れて、ごはんどうするべーと思いつつスーパーをブラブラしていた時ふと、「おでん」が頭に浮かんだ。

せっかくだから前日から作り始めて味をしみこませて…と思い立ったが吉日。連休明けからのための常備菜・副菜作りと平行しておでん炊き。具は大根、玉子、牛すじ、こんにゃく、厚揚げ、ちくわ、平天。うちで一番大きい鍋山盛り。
明日は美味くなってるし~♪と炊いて寝かせていたら、連休明けに備え一時帰宅した相方がその匂いに引き寄せられたのか、別のおかず用意していたのに「このおでん食べていいよね?ね?」とすでに床について半分寝かけていたワタシに聞いてきた。
「それは明日のおかずの予定で…まだ味がそんなにしみこんでいないかも…」と答えたならば
「いや、もう、全然それでもいいんだけど。食べちゃダメ?ダメ??」と相方。
「いやあ、だからぁ、明日の晩もごはんそれになっちゃうよー…?」
「もう全然そんなの構わないから。もう全然それでいいから!」と力む相方。
半寝の耳にも美味そうにハムハム!ムシャムシャ!とほおばる音が聞こえてきた。偽ビールを合間にググーッってのも。
深夜にやっと一時帰宅できた途端玄関先まで漂うおでんの香り、そりゃあ我慢しろって言う方が酷だわね。


相方がいくらフライングでムシャムシャ食べてもそもそも作った量が多いのでもちろん予定どおり翌日の晩ごはんはしっかり味がしみたおでんで、娘たちも前日からさんざ匂いだけ嗅がされていたからすっかり口はそれを期待していたらしく。


さて、おでんはいいとして、おでんを晩ごはんとして成立させるのって実は結構難しくないですか?
大人はそれこそ一杯飲みつつ、なんて乙なものってところだが、こどものための食卓となると?
ワタシの母が”関東炊き”イコールおでんを炊いた時の献立は一体どんなものだったのか、一向に思い出せない。むしゃむしゃそれだけ食べていたのか、ほかにもなにかしらおかずがあったのか。
大体ワタシは幼い頃、この”関東炊き”はあまり好きでなかった。いや正確には嫌いではないのだがその魅力がいまいちわからなかった。大根なんかはその極みかもしれん。こどもには不人気アイテムだろう。大人になったならば美味い!という人が急増するするのは加齢のお楽しみってことなのかしらん。


まあとにかくおでんとなにか、って考えて思いついたのがおにぎり。炊きたてごはんで塩きかせて海苔巻いたおにぎり。あと作り置きの塩キャベツゴマ油風味。
美味い!美味い!って娘たちは食べてたからよかったけれど、おでんってなにを具材にしたら栄養価的にも満足度的にも良いのかしらんって悩むこともしばしば。


深夜帰宅の相方、玄関先で「もうすっかり口がおでんモードやで!」
鍋ごとお好きに食べなさいと供したならば珍しくもすごい量食べたみたい。あまりお米も食べない人なのにおにぎりも食べてた。
「もう結構ずっとこんなんばっかりのごはんでもいい」とつぶやいていた。
満足だったらしい。


ぶっこみ系で作るの簡単なものを季節無視でも大層よく食べてくれる家族だが、この方向に先導というか扇動したワタシ自身にグッジョブ。




カセットテープの青春

先日ふと、20年位前によく聴いていた曲が頭の中で流れ出した。
ああ久しぶりに聴きたいものだなぁと思ったのだけれど、当時ワタシはその曲が入っているアルバムCDをレンタルしてきてカセットテープにダビングしたものを聴いていたのだ。なにしろ貧乏学生だったのでアルバムCDなぞはワタシにとっては高価なモノの部類だったから、「レンタルしてカセットテープにダビングする」ことで聴くのがワタシのスタンダードだったのだ。きっと同年代ならばその方式に懐かしく感じる方々も多いかと思う。

多くあった他のカセットテープはその後の20年間でほぼ処分したのだが、その曲(正確にはアルバム2枚)をダビングしたカセットテープ(54分2本)だけは現在まで後生大事に所有し続けてきた。何故か、それを語るには曖昧なような感傷的なような、まあちょっと言葉にするのは難しい。
ずいぶん前に買って今は家中誰も使っていないCDラジカセが娘の部屋に置きっぱなしになっていたのも思い出したので、もう10数年以上ぶりにそのカセットテープをまわしてみることにした。

おお、ちゃんと音がなる。っていうかちゃんと聴ける。
本当に久しぶりに聴いた上々颱風の「流れのままに」「仏の顔もIt's All Right」「愛よりも青い海」等等、歌詞を覚えるということが(とういうより歌詞のヒアリングができない)心底苦手なワタシなのだが、たぶん娘の頃相当聴いていたのだろう今もそらで歌えた。



上々颱風との出会いはワタシにとっては鮮烈だった。高校生の頃だった。
所属する映画研究部の活動で学校周辺で自主制作映画の撮影をしていたと記憶しているのだが、その時、なにやらちんどん屋みたいな奇抜な様相というかアジアンテイストな衣装を纏った集団がチラシを配り歩いていた。「上々颱風まつり(※)本日開催でーす!チンドン♪チキドン♪あ、高校生の諸君もぜひぜひ参加してくださーい!」なんて言ってその場にいた面子全員にチラシが手渡された。その集団はそのまま学校の周囲をちきどんちきどんなにやら鳴らしつつ去っていった。
ワタシたちはあっけにとられて言葉もなかった。まさに台風の如く陽気に風のような勢いで眼前で通過したからだ。
結局そのチラシの催しに参加はしなかったのだが(学校全体のはみ出し者っぽい部活に所属するような面子とはいえ、それなりに真面目な高校生だったので突発的に夜のイベントに参加するなぞできないって思っていた。今考えると惜しくてたまらん)、その後その奇妙な場面に出会った面々でことあるごとに「あの時上々颱風が…!」といちいち笑い話になった。
1991年のJALの沖縄キャンペーン「上々沖縄」のCMに「愛よりも青い海」がテレビで流れているのを聴いた時、もはや鳥肌がたった。あれはニアミスのような出会いだったのだ。そして貧乏学生のワタシはレンタルに走ったというわけだ。
(※なにしろ20年前ということで当事の記憶が薄れていて頂いたチラシももはや手元にないので正確にはわからず、ワタシとその仲間たちが出会った集団が「上々颱風まつり」と本当に謳っていたいたのかも定かではないのだが、なんとなくそんな風に言っていたような記憶の切れ端。これを書くにあたりググッたらば、同名のイベントがあったようだが、記憶している時期とずれているような気がしないでもない。しかし1990年か1991年の大阪寝屋川のライブイベントで間違いないと思う。)


あのちんどん屋ちっくなアジアンジプシーみたいな様相のチラシを配っていた彼らはライブイベントのスタッフなのかボランティアメンバーなのか、今となってはさっぱりわからんちんなのだが、でも当時のワタシにあまりにも鮮烈な印象を残したのだからグッジョブだったのだね。


後生大事にダビングしたカセットテープを持ち続けたのはアルバム「上々颱風」「上々颱風2」で、「上々颱風3」以降すべてではないがCDアルバムは購入してきた。なので先の2枚もエエ加減CDで買いなおしても全然ばちは当たらんと思ってこの度相方に相談したならばあっさり購入許可と言うよりも「そんなんくらいに好きに買えばええのに」と言われてしまった。まったくその通りだ。こんなにノリノリで歌って楽しんでいるのだから。


「仏の顔もIt's All Right」なんてホント名曲だ。
人間落ちるところまで落ち込んだらその言葉を思い出せば良いと思わされた「ちっちゃいこと気にしない♪ダメでもともと気にしない♪仏の顔もIt's All Right♪」である。娘の頃ワタシはこのフレーズにいやに感動した。

いや、今でもすごいと思う。







ゴウカザルはバシャーモさんほどの印象がない

夏休み中は五輪を見られるだけ観て、あとはひたすらポケモン三昧だったワタシと娘たち。けれどバカンスは終了して、娘たち、特に上の娘はもうゲームするヒマなぞさほど無くなった。というか彼女は今をときめく有川浩の小説にドはまりして端から読み漁ったり読み直ししたりに忙しいらしい。


余談だが、娘は有川氏の作品の巨大なザリガニ?について語り合いたいらしいのだがそーいう仲間がいないらしい。(したらばワタシが読んでみるか、とは思っている)
夏休みに入るそこそこ前のある時娘は気の置けない友人と映画を観に行こうという話になったのだが、娘は「図書館戦争」のアニメ劇場版(その友人は、ふ…リア充アニメめ…、との言葉をもらしたらしい)を観たいと言い、その友人は「ストライクウィッチィーズ劇場版」(←ワタシも娘もタイトルくらいしかわからないが結構有名なアニメだそうで。パンツじゃなくて水着?)を観たい、と話が平行線をたどった。折衷案として、じゃあ両方観るか?という提案がないでもなかったそうなのだが、結局近場で都合良くふたつとも上映している場がなかったのでそのお出かけはお流れになってしまった。
思春期病からすっかり這い上がった娘は、いつしか彼女なりの楽な楽な方向に流れていきいろいろ「気取る」ことを止め、現在では「一見優等生っぽさを醸し出しながらバリアーを張りつつ思春期病全開の輩の日々の揉め事から難を逃れるクラスのマイナーな面子のひとり」とのポジションを得たらしい。


えーと、なんの話だったか。
あ、そうゲームの話でした。

つい先日プラチナが初回殿堂入り。


2012/09/11


下の娘はファイアレッドを週末プレイ。上の娘はブラック2で全国図鑑作成途上。




遺伝子と縁との因果関係についての具にもつかぬ長文

つい先日、盆も普通に仕事だったワタシの父が遅めの夏休みということで金土日と休みになったらしく、せっかくだからということでうちの下の娘と姪ちゃんを遊びに連れて行ってくれた。(上の娘は惰眠を貪り続けていた)近場の”ふれあい牧場”的なところに出かけたそうだ。

その時撮った写真を今日見せてもらったのだが、うちの娘と姪ちゃんの顔立ちがどうにも似て見える。全然つくりが違うはずなのにそっくりコンビに見える。
母が言うには姪ちゃんの母御である弟のお嫁さんも先にその写真を見て「うわ!ふたりそっくり!」との感想だったらしい。


姪ちゃんは弟のお嫁さんによく似ているとワタシの両親は言うが、弟の小さい頃によく似ているとワタシは思う。そして弟の顔立ちは父に丸写しだ。ワタシもかつては父丸写しの顔だったらしいのだが、歳をとってきて母にそっくりだと言われるようになってきた。が、つくりはまるで父のパーツであると思う。母は姪ちゃんは弟のお嫁さんの父御に似ている、と言っていたこともあった。

うちの下の娘は上の娘の小さい頃の写真を見るとまるで同じで見分けがつかないほどだ。下の娘本人が上の娘の小さい頃の写真を見て自分と見間違えることが多くある。上の娘は相方に丸写しの顔立ちである。ところが相方に会ったことのない人は下の娘を見てワタシによく似ている、と言う。相方は亡くなった舅に顔立ちというより歩き方とか後姿立ち姿が丸写しだ。相方の母である姑が言うには、小さい頃の相方は姑の一番下の弟(相方の叔父)の小さい頃によく似ていた、ということらしい。

姑は上の娘は相方にそっくりだ、と言い、下の娘はワタシだけでなくワタシの母によく似ていると言う。ワタシの母は上の娘が生まれた時、姑にそっくりだ、と言っていた。

乳歯から永久歯への歯の生え変わり期の歯抜け状態で似たような動きやすい服を着た姪ちゃんと下の娘がピースサインで全開の笑顔を見せる写真を見て、つくりというよりトータルで似て見えるふたりは、遺伝子的に近からず遠からずであるという証拠なのだろうか。
ワタシには写真上の姪ちゃんはワタシの母に似ているようにも見え、父丸写しの弟と母はそういえば気性というか性格というかそういうのはものすごく似てるよな、と思う。



「似たもの夫婦」なんていってそれは思考や嗜好だけでなくもはや顔つきまで似てきてしまうような事態を一体どれだけの偉い人が研究なさっているのかは知らないが、実際そういうのすごく見かけるじゃない?
で、あれは「年季が入っている」故「つうと言えばかあ」だからこそのコンビ化故の賜物なの?
でもワタシの両親は別に顔つきなんか一切近くないけれどもそういえば嗜好はともかく思考というよりノリは似ているかも。姑と亡くなった舅もそんな感じだったかもしれない。
だからワタシは相方との関係を省みるにまだまだその境地でもない感じがして、でも別にそんな境地に至らなくてもいいような気もするし、実はちょっとはそんな境地に足を踏み入れているかもしれない、と思うようなこともないではないし、なかなかに先々いろいろ思うところはあって、合うような合わないような譲歩とゴリ押しと和睦の中でそれでもコンビとして長年やっていくことになんらかの価値がないわけでもないかも、と思ったり。


それぞれがそれぞれに誰々が誰々に似ていると言ったり思ったりしていて、それがほほぉなるほどと思わされてそんな話をしながらとりあえずはニコニコしているのだから、まあいろいろ生活に対して小さいような大きいような問題というか課題がないわけではないのだが、それでも小さな血縁姻戚縁戚の中ででそれなりにまわって次代が育っているのだしとかくそれでいいんじゃないか?と、残暑全開の最中体調を激崩してやっと復調し始めたワタシは少しばかり和みを感じられた。




いらっしゃいませ。

ツモ

Author:ツモ
30代後半女。
→四十路突入。
→もうすぐバカボンのパパ越え。
→日本女性の平均寿命に向かって折り返し地点あたり。別にそこまで長く生きたいわけでもない。とりあえずの目標はこの先20年くらい。

暴れまわった娘時代の反動か、自宅にひきこもりがち。相方、娘二人と古都の端っこで地味に暮している。


気まぐれにしか更新しないくせに、記事がやたらと長くなる傾向にある。

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