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強い女

『天上の虹』は鸕野讃良皇女のちの持統天皇を中心に、飛鳥時代を生きた人々の愛憎や思惑などを描いた大河ドラマである。

この時代を題材とした小説などにおいてワタシが読んだ限り、讃良皇女は「権力欲の強い人」のように悪役タイプとしてキャラクタ設定されていることが多い。史実研究等からそういった人物像と推測されているようである。
しかし『天上の虹』における讃良皇女は「望んだわけでもなく権力者の地位を得てしまったが、あえて嫌われ役に徹してでも国の発展のために尽くす人」である。ただし生身の人間であるが故に、少しばかりの身内びいきが入ってしまったりする面もないではない。

当時は一夫多妻である。讃良は二の妃であったがもともと一の妃であった姉の大田皇女が若くして亡くなり、繰上げで一の妃から皇后の地位を得た。しかし讃良が求めたものは地位などではなく、夫の愛を一身に受けることだった。

夫大海人皇子は讃良に女という点は優遇せず、しかし「最高の戦友」として讃良を国づくりのための片腕として傍に置き、絶大な信頼を寄せた。夫に求められた自分の存在意義をまっとうすることこそが自分の夫への愛だ、と自己暗示をかけ孤独な気持ちを押し殺すことが、実子草壁皇子への過度な期待と身びいきに拍車をかけることになる。

讃良は常に孤独に苛まれているのだが、決して自分の弱弱しい心根を周囲に吐露することはなく、夫である大海人皇子すなわち天武天皇が理想に掲げた国づくりの志半ばで亡くなると、その遺志を自分が引き継ぎ実現させることこそが夫への愛だという「戦友」としての意地とプライドを再確認する。

身内びいきな点は、壬申の乱の経験が「権力の在り所をはっきりとさせるため」という讃良なりの信念に基づいているものでもあった。讃良の信念はイコール意地でもあるわけだが。
大津皇子の事件はその讃良の意地の最たるものとして描かれている。立太子している草壁皇子でなく大津皇子に跡を継がせたいと大海人が密かに大津本人にだけ告げていた、という事実(あくまで作中の架空のエピソード)は、最たる戦友を自負する讃良には一切認めることのできない意地があり、政治的影響力が圧倒的に強い讃良は、大津の謀反という結論で「国のため」と冷酷に処罰を下した。それは人々からさらに「権力に固執した冷たい人」という印象を強くする。
讃良自身は、姉の子を死に追いやるという罪悪を少なからず感じてはいる。しかし国家の大儀のためにやむを得ない処置であるという信念もある。

この事件がきっかけで期待をかけた息子草壁皇太子は心を病んで早世してしまい、讃良は夫を亡くし子も亡くした悲しみを押し殺し、いよいよ天皇の地位につく。それが更なる孤独との戦いでもあるわけだ。



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ツモ

Author:ツモ
30代後半女。
→四十路突入。
→もうすぐバカボンのパパ越え。
→日本女性の平均寿命に向かって折り返し地点あたり。別にそこまで長く生きたいわけでもない。とりあえずの目標はこの先20年くらい。

暴れまわった娘時代の反動か、自宅にひきこもりがち。相方、娘二人と古都の端っこで地味に暮している。


気まぐれにしか更新しないくせに、記事がやたらと長くなる傾向にある。

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