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特別すぎた娘 その5

風の谷を含む辺境諸族の民の祖先は「火の七日間」の後、腐海の脅威がまだ遠い地で「エフタル王国」と称えられた国を建設し、古の技を多く受け継ぎ繁栄を誇ったと「年代記」に残されているという。しかし利権争いが生じ腐海や蟲たちを人間の意のままに操ろうとした結果大海嘯を引き起こし、王国は滅亡し守ってきた古の技もほとんど失われたしまった。そのわずかに生き延びた人間たちが腐海のほとりに住み着いたのが辺境諸国の始まりだ、ということだ。ナウシカの時代に残る伝承である。

つまり辺境諸国には過去の教訓があるということだ。他の辺境小国のことは描写がほとんどないので判りかねるが、少なくとも風の谷は祖先の経験から苦難を乗り越え人間の浅ましさを認識し領分を守って静かに暮らしているということになる。
人間に学習能力がないわけではない。しかし予測してわきまえることはなかなかに難しい。大海嘯が起こるたびに被害にあった人間は自分たちの世の理を痛感するかもしれないが、蚊帳の外の人間たちにその悲惨さと苦難、知りえた教訓は伝わらない。いよいよ狭くなる人間が住める土地が学習のために犠牲を重ねることを許される余地は「地表のほとんどは不毛の地と化した」という記述から推測するにナウシカの生きる時代にはほとんど残されていないことになる。すなわち大海嘯が人類の滅亡を意味することになりかねないのだ。

そして大海嘯は再び人間の愚行により引き起こされた。ナウシカは絶望の淵に彷徨った。しかし腐海も蟲も人類を恨むわけでなく、ただ大地の傷を癒すために働いているばかりなのだ。あらゆる生き物に膨大な犠牲を及ぼして、でもなお人類への憐憫は残されている。

「特別すぎた娘」は破綻の淵で時代をつなぐものとして天啓与えられた。それはひとりの娘にとっての悲劇とも言える。しかし天啓を娘が自らが選んだとも言える。
復活したナウシカは人類の行く道を己が正しいと思う方向に示そうと王者の如く立ち上がる。自身が選ぶ道に迷わない。「特別すぎた娘」は迷う必要がないのだ。
けれどもこれはひとりの娘としては不幸でもある。もはやただの娘としての生き方は許されず、時代の行き先を先導する役目を自ら担ってしまった。それがナウシカ自身が望んだ生き方であるとしても、「特別すぎた娘」として必要な能力を与えられてしまった宿命に導かれている人柱であるのだ。
しかも「特別すぎた娘」は単独で道を決める。心の赴くままに応じる。ひとりの娘に時代を左右される人類もまた幸か不幸か。


(続きます)



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ツモ

Author:ツモ
30代後半女。
→四十路突入。
→もうすぐバカボンのパパ越え。
→日本女性の平均寿命に向かって折り返し地点あたり。別にそこまで長く生きたいわけでもない。とりあえずの目標はこの先20年くらい。

暴れまわった娘時代の反動か、自宅にひきこもりがち。相方、娘二人と古都の端っこで地味に暮している。


気まぐれにしか更新しないくせに、記事がやたらと長くなる傾向にある。

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