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流行性感冒

インフルっすよ。
ええ、インフルエンザなんですよ。
いや、まあ、上の娘のことなんですけどね。

昨年度の新型やらなんやらの猛威の中ではケロリンパとしていたくせに。いやいやありがたいことではあったのですけれどね、すわ学級閉鎖や学校閉鎖やって大変な状況でしたから。


タミフル処方されたんですけどね、ものすごい警告文付なんですよ。

「10歳代の患者様へのタミフルの使用を差し控えるようお願いしています」

えー!?ってええーっ!?って感じっす。
もちろん医師から「有効性が優れている」点と「あくまで異常行動の発生というのが極々稀」と重々説明を受けた上で服用を勧められたのですが、でもその「万が一」を恐れる親心ってヤツなわけで、ものすごく生真面目に目を離さないように努めるようにしても、感染から間逃れ元気な下の娘の幼稚園への送迎とかあるし、PTA役員の会議入ってたりもあって。(欠席させてもらったけどね)
なんか、働くお母さんはこんな事態をどうやって解決してるんだろう、と疑問に思いつつ、きっと上手にこなしているんだろう、と勝手に感心もしたり。



病人のためにおかゆを炊いていると自分が幼い頃を思い出す。
ワタシは扁桃腺が派手に腫れてよく高熱を出す子だった。よほど幼かった頃は母がずっとそばについていてくれたと思うがそれはあまり記憶になく、小学生になると母はガチで働く人になったのでひとり留守番しつつ寝込んでいたように思う。相当具合が悪ければ母も無理して仕事を休んでいたのだろうが、ある程度ならば「昼休みに様子を見に帰るから」と言われ、おとなしくひとりで寝込んでいたと記憶している。

具合が悪くなると食事がまともに取れなくなるワタシだった。とにかく口の中が苦い味で充満していて食欲のかけらもなくなった。唯一母が炊いてくれるおかゆだけは食べられた。米からくつくつと炊かれたおかゆはとろりとのどごしも良く滋味豊かだった。自分のためだけに手間をかけて用意されるおかゆはひとり留守番で寝込んだ自分へのご褒美のようだった。



宮本輝(ワタシはありったけの敬愛をこめてテルさんと呼ばせていただいている)の『流転の海』に、はしかと中耳炎と腸炎を同時に患って生命の危機に瀕している幼い我が子のために父親が鶏を絞めてスープを作る場面がある。

「水は吐いても、わしの作った鶏のスープは吐きゃあせん。もしそれも吐くようじゃったら、あいつはどっちにしても死によるわい。そんなやつは、いっそ早よう死んだらええんじゃ」

我が子を思い丁寧に炊かれたスープである。父親の、我が子を思う信念のこもった命のスープである。どれだけの高価な薬にも優るとも劣らないスープなのだ。

緊迫した場面ではあるがのちに無事病人の子が父親手製のスープを口にし危機を脱する、という展開がわかると、不謹慎ながらその「鶏のスープ」が大層なご馳走に思えた。


回復してきたワタシの娘もおかゆばかりではさすがに飽きがくるだろう、と鶏雑炊をこしらえた。下の娘とワタシもお相伴にあずかったのだが、鶏の出汁がよくでていて大根の葉の塩したのがアクセントになって我ながら良い出来だった。安物のほんのぽっちりの鶏でこれだけ旨味があるのだったら、一羽丸々のスープはどれだけの深い旨味が感じられるのか。うーん、よだれ出る。



朝ワタシの体温が平熱近くまで下がっていたので少しは安心して仕事に出かけた母が夕方に戻る頃ぶり返してしまい結構な高熱になってしまったある時、たぶん具合の悪さから気も弱りきっていたのだろうと思うが、母に
「また熱が上がってごめんなさい、せっかく熱下がってたのにまた上がってしまってごめんなさい」
と泣きながら謝ったことがあった。小学校高学年くらいの頃だったと思う。
「なに謝ってんの、そんなんかまへん。またおかゆ炊いたげるから。」と母は優しく微笑み言った。

母の背後からは朝洗いきれなかったのだろう洗濯機がまわる音が聞こえ、台所では父と弟のための晩ごはんの支度であろう湯気がたっていた。勤めからの帰宅後も母の仕事は終わりではなく、まだまだ一日の仕事の真っ最中であろうことは子供心に把握していた。忙しい母の手を煩わせる自分への情けなさと申し訳なさと、母の優しい言葉が熱にうかされた頭にグルグルとまわってぼうとしていると、やがて「食べれるか?」と母があつあつのとろりとしたおかゆを茶碗によそって持ってきてくれた。

遠き日の甘く切ない記憶である。




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ツモ

Author:ツモ
30代後半女。
→四十路突入。
→もうすぐバカボンのパパ越え。
→日本女性の平均寿命に向かって折り返し地点あたり。別にそこまで長く生きたいわけでもない。とりあえずの目標はこの先20年くらい。

暴れまわった娘時代の反動か、自宅にひきこもりがち。相方、娘二人と古都の端っこで地味に暮している。


気まぐれにしか更新しないくせに、記事がやたらと長くなる傾向にある。

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