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北島マヤの母子の関係から考える

子の親離れ、親の子離れは時期が一致すれば事は穏やかに進むものだが、大抵の家庭内ではズレが生じて一悶着あるものだと思う。
子は自分の目線で世の中を見つめるようになって個人を形成していくうちに精神的にプライベートな領分を持つようになって、保護してくれる味方だった親が一転して自分の領域を侵害する敵に見えてくる。ま、いわゆる反抗期ってやつだ。ワタシにももちろんこういう時期があったのだが後々考えると、親の言ったことももっともだ、と思えることが多いのだが、渦中にいる時はまともに聞く耳を持っていなかったので腹がたつばかりだった。
戦後の混乱期貧しい中で育ったワタシの両親は、真面目に堅実に生きることを美徳としている。ワタシがそのように生きていくことを望んでいたし当たり前だと思っていた。勉強は人並みにできれば十分、大金を儲けるような大人にならなくてもいいから、借金したり人様に大きな迷惑をかけたりすることなく、真面目に会社勤めして真面目な男の人と結婚してごく普通に所帯を持ってほしい、そう望んでいた。
しかしワタシの多感な思春期はバブル経済が絶頂へと登り詰める最中だったのだ。世の中散財して物欲イケイケゴーゴー祭りだったのだ。両親があまりに保守的な考えすぎて正直眩暈がしそうだった。幼い頃からの両親の教えとポリシーが功を奏して、この時期でもワタシはそれほど物欲に駆られることはなかったけれど、世の中の風潮と相まって、やればなんでもできるようなイケイケゴーゴーな気分になっていて、堅実とは逆の、夢はでっかく野心のようなものを持つようになってしまった。
親にいちいち自分の考えを宣言したりはもちろんしなかったが、普段の言動等から親はワタシの変化を感じただろう。「世の中ずいぶんと浮かれているけれども地道にコツコツ生きていくのが一番正しい」と何かにつけて言うようになった。結局これは大変正論で正しかった。持ち家も無く何等財産も持たず、しかし借金も一切無く、バブル期であろうと「失われた10年」であろうともただひたすらコツコツと慎ましく真面目に乗り切って今に至る両親は立派だと今なら誇りに思う。けれど当時の若かったワタシには「野心を持たずして生きるなんて」という親に対する反抗心しか感じなかった。
両親はワタシの「夢はでっかく」の部分が引っ掛かっていたのだ。自分の生きる環境と照らし合わせて手の届きそうな範囲で将来の展望を持ってほしいと思っていたのだ。

衝突は絶えなかった。「失われた10年」の前半が最大の衝突期だった。家を出た時期もあった。今考えると本当に親不孝者だったと思う。世の中のことも全くわかっていなくて無謀だったと思う。でもあの時期をひたすら駆け抜けるように過ごさなければ今でもワタシはどっちつかずでフラフラしていたのではないかと思う。誰かに教えられたように誘導されていただけでは納得したはずがない。今ごく普通の平凡ら暮らしを守るのが実はどれだけ困難であるかを体感している真っ最中だ。でも自分の器以上のものを手に掴もうと必死だった若かった頃の自分の経験のおかげか結構怖いものがほとんどない。
いまや両親ともすっかり和解し当時の衝突を酒の肴にして笑えるようになったけれど、実は地道で堅実に生きてきたはずの両親がワタシの見えぬところで一か八かの大博打的な家計の遣り繰りで切り抜けてきただけと知り、本当のところ血は争えないと思う。

さて、これでワタシが北島マヤというキャラクタに共感することがおわかりいただけたと思う。

世間から身を隠していたかつての大女優月影千草と運命的に出会ったマヤは役者としての天才的な素質を見出される。芝居の勉強をして役者を目指したいと本気で思うようになっていたマヤは、母親の春が当然それを反対し否定するだけだとわかっていたので家出し月影の元に飛び込む。
子供の頃にこの部分を読んだときは春のことを「子供に理解がない母親」と思ったものだが。この母子の生きるだけで精一杯の暮らしに心の余裕はない。厳しい現実だけを見て生きている春には夢や希望が失われているのだ。親である自分がこんな風にしか生きられないのだから、娘がなにか大きな可能性を秘めているのではないか、と思えるはずもなく。子の器は親の器に左右されると信じて疑っていないのだと思う。これはある意味正しくもあるが一概にそうとは言えないこともある。ケースバイケースなのだ。小さな暮らしの中でもマヤは将来に大きな希望というよりは野望を抱き、それが春とマヤの間に溝を作ることになり、ついには一生の別れとなってしまうのだ。
月影の元に飛び込んだマヤを一度は無理に連れ戻そうとする春だったが、二度と戻ってくるなと親子の縁を切るような態度の裏で、娘の夢に理解を示し師匠である月影にくれぐれも娘のことを頼む手紙を送る。しかし月影はマヤを紅天女という高みを目指させるため退路を断つかのようにその手紙を手渡さず処分してしまう。マヤの方も芝居の勉強ができる嬉しさで心がいっぱいになってしまってるため、母親のことはすっかり失念してしまう。マヤは熱中してしまうと他のことすべてに全く関心が無くなってしまう性分だ。「孝行のしたい時分に親は無し」がわかっていないほどに幼いのだ。この頃のマヤはまだ中学生、無理もない。

マヤの突っ走り方に共感を覚えるのは若かった頃の自分に少しは似たような経験があったからだ。しかしワタシにはマヤのような天才的な才能もなければ、すべてを捨て去っても駆け抜けようとする大胆さはなかった。やはり両親が教育したとおり、どこかに保守的な感覚も持っていたのだと思う。なにかを得るためになにかを捨てるのは容易くない。できればなにも捨てたくないのが人の性分だ。
マヤはその天才的な才能のおかげで自分の将来を切り開く機会を得た。そもそもマヤはなにも持たない暮らしをしていた。失うものがなにもないほどの生い立ちだったからこそ、才能を開花させるために前進あるのみで大胆に突き進めたのだ。持っていないのだから捨てるものもない。唯一母という存在を除いては。

マヤは唯一の肉親である母を周囲の思惑に振り回された上に失うのだ。


(続きます。)
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ツモ

Author:ツモ
30代後半女。
→四十路突入。
→もうすぐバカボンのパパ越え。
→日本女性の平均寿命に向かって折り返し地点あたり。別にそこまで長く生きたいわけでもない。とりあえずの目標はこの先20年くらい。

暴れまわった娘時代の反動か、自宅にひきこもりがち。相方、娘二人と古都の端っこで地味に暮している。


気まぐれにしか更新しないくせに、記事がやたらと長くなる傾向にある。

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